地域農業を引っ張る若手生産者や生産団体をたたえる第70回中日農業賞(中日新聞社主催、農林水産省、中部9県後援)の入賞者・団体が決まった。今回も、農林水産大臣賞、中日賞各1人、優秀賞7人と、特別賞1団体が選ばれた。開拓者魂を感じさせる高い志、豊かな探求心、地域活性化へのたゆまぬ熱意をそれぞれの受賞者・団体が放つ。贈呈式は3月11日、名古屋市中区栄の中日パレスで。
鈴木 猛史さん(41) 浜松市天竜区
古里で有機栽培茶の取り組みを始めて17年。個人から製茶組合、さらに地域へと有機茶の生産が広まっている。地域茶業を引っ張る若手リーダーとして期待の声が高い。
標高300〜600メートル。浜松市天竜区は静岡県有数の「山のお茶」産地として知られる。茶の専業農家に生まれ、1992年に23歳で就農した。大学時代に知った有機農業に着目し、高齢者には重労働の農薬散布などに頼らなくてもできるおいしいお茶づくりをと、技術改善を重ねて高品質な有機栽培茶の生産方法を確立した。
「害虫の被害を最小限に抑えるため、整枝の時期と高さ、有機肥料の入れ方がポイント」とコツを解説。
「安心感だけでなく、おいしいお茶であることが重要です」
96年に地域の茶工場が統合して「マルセン砂川(いさがわ)共同製茶組合」が発足。有機栽培茶への転換を組合に薦め、2004年には全組合員の茶園が有機JAS(日本農林規格)を取得した。現在は総務部長として47戸加盟の組合を支える。
「後継者育成は大きな課題。地域外からの新規就農者の受け入れを進めています。有機の紅茶、釜炒(い)り茶など新商品の開発も」と意欲を燃やす。
鈴木 裕二さん(38) 愛知県東浦町
冷たい雨の降る2月末、大型のトラクターに乗り黙々と田んぼをならしていた。「ここは転作の麦や大豆がうまく育たず、乳牛の餌になる稲わらを作っている水田です」と指さした。高齢化が進んだ農家からの依頼を次々に受け、町の水田の一割にも及ぶ70ヘクタールで水稲や転作作物の栽培を多角的に営む。
「農地を荒れ地にしたくない」。父・裕さん(69)の後をいずれは継ぐつもりで農業高校を卒業。スーパーに3年間勤め「いろんなお米を食べてみたい」という消費者ニーズをつかみ、今は「ミルキークイーン」「祭り晴(ばれ)」など10種類の米を近くのJA直売所に出荷する。
飼料用の稲わらは昨年から手掛けた。知多半島の酪農家からの注文はことし、二倍に。堆肥は水田に活用し「地域とともに」成長できるよう工夫を重ねる。経営基盤を広げても「米作りの基本は昔から変わらない。安全でおいしい米を届ける」の信念は曲げない。
農林水産大臣賞 | 鈴木 猛史さん(41) | 浜松市天竜区 | 「おいしい有機栽培茶を」 |
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中日賞 | 鈴木 裕二さん(38) | 愛知県東浦町 | 「乳牛の餌に稲わら作り」 |
特別賞 | 味の里まつかわ | 長野県松川町 | 「地域食材を手作り加工」 |
優秀賞 | 近藤 弘成さん(40) | 岐阜県海津市 | 「トマトを人気の商品に」 |
岡本 和朗さん(40) | 三重県伊賀市 | 「鶏卵の生産効率アップ」 | |
柳沢 源悟さん(38) | 長野県茅野市 | 「地元に支えられ花開く」 | |
木村 靖宏さん(40) | 滋賀県甲賀市 | 「中山間地で稲作を受託」 | |
上野 禎知さん(38) | 福井県美浜町 | 「放棄地を引き受け復活」 | |
笠間 勝弘さん(38) | 石川県内灘町 | 「干拓地で小松菜を栽培」 | |
庄司 昌弘さん(38) | 富山市 | 「ナシの産地を引っ張る」 |
優れた農業者は最新の技術を巧みに取り入れるだけでなく、ときには新技術の開発や普及の場面でパワーを発揮することもあります。
農林水産大臣賞の鈴木猛史さんは、持ち前の科学的探求心を粘り強く発揮し、有機栽培によるおいしいお茶の生産という困難な取り組みに見事に成功しました。しかも、有機栽培技術を地域の農家に着実に広げることで、産地のレベルアップにも大いに貢献しています。製品に対する国内・国外の顧客の評価も高く、地域農業の若きけん引車としての活躍に期待がかかります。
中日賞の鈴木裕二さんは、水田農業の新たな栽培体系に挑戦し、コストダウンと規模拡大の両面で新境地を開拓しました。不耕起直播栽培や飼料用稲を組み合わせることで作業期間を長期化し、地域の農地の保全に大きな力を発揮しています。
特別賞の「味の里まつかわ」は、農村女性の有志による手作りの総菜や弁当を通じて、地域の食文化の継承に貢献しています。ひとり暮らしの高齢者への弁当宅配サービスなど、地域社会を支える活動にも高い評価が寄せられました。
審査委員長 生源寺眞一氏(東京大農学部長)
【審査委員会】
▽委員長 生源寺眞一(東京大農学部長)▽委員 新山陽子(京都大大学院教授)荒幡克己(岐阜大教授)徳田博美(三重大大学院准教授)岩田功(愛知県一宮市・岩田食品社長)油田淑子(全国消費生活相談員協会監事)飯尾歩(中日新聞社論説委員)=敬称略
中日新聞朝刊 平成23年3月4日付より