息をのむ古道の景観
熊野本宮大社から熊野速玉大社へ。世界遺産・熊野古道(「紀伊山地の霊場と参詣道」)のハイライトコースを川舟でいく。はるか昔、上皇はじめ都人がたどった「川の参詣道」を体験できるというわけだ。なんともぜいたく、ありがたい話ではないか。
舟が出るのは和歌山県田辺市本宮町の本宮大社から熊野川を約20キロほど下った同県新宮市熊野川町の田長(たなご)から。おなじみ瀞峡のジェット船発着場のさらに下流で、河口にほど近い新宮市の速玉大社の権現川原までの約16キロ、1時間半の船旅だ。本来なら本宮から新宮までが全コースだろうが、昨年秋の開業以来、半分弱の行程で運航している。
すげがさをかぶり、ライフジャケットを着けた格好はよくある川下りだが、ここでは早瀬のスリルを楽しむわけではない。大河のとうとうたる流れと船頭さんの巧みなかじ取りに身を任せ、熊野の信仰と歴史をひもとく“語り部”の言葉に耳を傾けようという趣向なのだ。舟名は熊野三山そのままに「本宮」「速玉」「那智」、それに「八咫烏(やたがらす)」。サッカー日本代表のシンボルマークにもなっている熊野ゆかりの三本足の霊鳥だから、この名もよく似合う。一艘(そう)に定員11人が乗り込んで、連なって川を下っていく。
「大阪から。舟は二度目です。本当に美しい川筋ですなあ」と、ちょうどこの日乗り合わせた落語家の桂枝女太(しめた)さん。師匠の故・桂文枝さん(昨年3月死去)が一昨年7月の世界遺産登録を機に創作落語「熊野詣」を発表。一門の枝女太さんが師匠をしのんで家族を連れて四度目の熊野詣で、だという。文枝師匠はひたすら熊野通いを続け、新作の構想を練ったそうだ。