どこか遠くへ行きたい。漠然とした衝動と、昨今のレトロブームに便乗してみようかという浅はかな気分が相まって、西へ向かう列車に飛び乗った。
名古屋から約3時間半。JR門司港駅を降り立った瞬間から、時計が逆回転を始めた。蒸気機関車(SL)が走っていたころのような、温かみのある大きな駅舎。改札手前にある、鹿児島線の起点を示す「0哩(ぜろまいる)」の記念碑が、九州上陸をさらに実感させた。
駅前の観光案内所で、観光案内ボランティアの大越豊子さん(77)と合流した。祖母と同い年と知り親しみを感じつつ、明治・大正ロマンの歴史散歩が始まった。
早速、降りたばかりの駅を見学。1914(大正3)年建築の駅舎はネオ・ルネサンス様式と呼ばれる左右対称のデザインで、「門」という漢字そのままの重厚さだ。駅舎で初の国指定重要文化財という。SLのころ、乗客がすすで汚れた顔や手を洗ったちょうず鉢は、足元に水が飛び散らないようすり鉢状に。柱をよく見ると、雨どいが内蔵されており、細部に職人のセンスが感じられた。
「ほれ、この建物がね…」。指さす先を見上げながら歩く。昭和1ケタ生まれとはとても信じられない足取りに、ただただ舌を巻きつつ、付いて行く小さな背中の先に、異国情緒漂う建築群が視界に飛び込んだ。