「誇るべきか、恥ずべきか、全国で唯一、上水道のない市です」
一瞬、耳を疑った。福岡県うきは市の観光ボランティアガイド「筑後よしい案内人」会長、星野正利さん(67)が続けた。
「そうは言っても、蛇口はあります」
今度はずっこけそうになった。星野さんによると、うきは市は地下水が豊富。人口3万3千人、1万5百世帯はすべて地下水を使って生活している。同市吉井町は白壁の町並みで知られる。国の伝統的建造物群保存地区に指定され、約150軒の白壁の家が、春の日差しにモノトーンのコントラストを浮かび上がらせている。4月3日までは「筑後吉井おひなさまめぐり」を開催。白壁の旧家の中で段飾りのひな人形、木箱に一体ずつ入った伝統の箱びななどが展示されている。
うきは市や水郷で知られる柳川市を含む筑後地方は、福岡県の南部に位置する。2011年3月の九州新幹線全線開通を控え、鹿児島や熊本に足を延ばす観光客を引き留めようと、県や各自治体、関連業者らはPRに躍起だ。筑後地方には新幹線の「久留米」「筑後船小屋」「新大牟田」の三駅の設置が決まっている。
実際に筑後を巡って実感したのは、水の恵み。阿蘇の外輪山などを水源とし、有明海に注ぐ延長143キロの筑後川が、この地方全体を潤わせている。
たとえば朝倉市には、川の水を生かすための先人の遺産がある。1663(寛文三)年に筑後川から水を引くために「堀川用水」が建設された。1790(寛政二)年には用水への取水を常に確保するため、巨大な石を敷き詰めて筑後川全体をせき上げる全国唯一の石畳の「山田井堰(いぜき)」が建設された。「筑紫次郎」の異名の通り、時には氾濫(はんらん)して牙をむく筑後川。難工事の末に完成した堰は、その後も何度も崩れ、復旧工事を重ねてきた。