「豊穣(ほうじょう)の大地」。古代の人々がこうたたえた南イタリアのカンパニア州を訪れた。レモン、オレンジをはぐくむ地中海の光と風は、おおらかで陽気な南欧の心も実らせていた。
まずはベスビオ火山で有名なナポリへ。早朝の街を地元民に交じって歩いた。海岸線には「卵城」がそびえ、遠方の小高い丘に赤褐色の家が立ち並ぶ。初老の婦人が愛犬と散歩していた。ジョギングの若者は潮風を胸にすがすがしそう。頭上を海鳥が追い抜いていった。まるで一枚の絵画。時間の止まった風景だ。
海岸を西へ向かうとビットリア広場。朝八時になると通勤ラッシュだ。路面電車とバスが通る。仕事場へ急ぐスクーターと小型車が、石畳をせわしなくカタカタと駆け上がって行った。バール(軽食喫茶店)では仕事前の労働者が、エスプレッソやカプチーノを手に談笑していた。
東へ向かい、世界遺産登録の旧市街地を散策した。格子状の区画を三本の東西道が走り、それに直角に一本の南北道が交差している。「スパッカナポリ」と呼ばれる、ナポリを二つに分ける道の両脇には土産店などが並ぶ。
階上は市民の住居で洗濯物が干してあったが、雨が降ってきても取り込む気配はなかった。
庶民の生活に密着するように、所々に教会が立っている。旧市街地入り口にあるジェズヌーボ教会、ベールのキリスト像が安置されているサンセベロ礼拝堂など。ナポリにはイタリア最多の約五百の教会があるという。さまざまな人種に支配された長い歴史があるためとか。
閉鎖された教会も多く、その前には骨董(こっとう)売りが店を広げ、あやしい露店が並ぶ。突然「コンニチーハー」と声を掛けられた。振り返ると大道芸の男性が、なぜか今度は「カワサーキ」と叫びジャグリングを披露してくれた。この一帯には地下にギリシャ、ローマ時代の遺跡「地下ナポリ」がある。
ウンベルト一世大通りに工事現場があった。地元女性に聞くと地下鉄を延長中という。「掘れば掘るほど遺跡が出るから、永久に完成しない」とあきれ顔で笑った。