2013年01月31日
「東京デスロック」の「東京ノート」(撮影・石川夕子)
見る者を試すかのような、奇をてらった芝居はたくさんあるけれど、意表を突かれてうれしい舞台は少ないかもしれない。
劇団「東京デスロック」が東京のこまばアゴラ劇場で上演した「東京ノート」。客席はなく、劇場内にじゅうたんが敷かれ、ソファが点在する。壁面のスクリーンに映し出されたメッセージ(?)によると、どこに腰を掛けてもいいらしい。
「東京ノート」の舞台は美術館のロビー。平田オリザが「10年後の世界」を描いた戯曲だ。
広いカラオケボックスを思わせる無機質な空間に何となく落ち着かない気持ちで、開演を待つ。「あなたはどこから来たの?」というメッセージに呼応し、観客の一人が立ち上がる。驚く間に2人、3人と続き、どこで生まれ、なぜ東京に来たかを語り始める。その数、20人以上。通りすがりに聞く会話の断片のように、せりふが耳に飛び込んでくる。
国内外から様々な人が集まる街、東京。そんな大都会の駅や路上、どこにでも転がっていそうな風景や空気感を出した演出に引き込まれる。
その後、観客は、美術館のロビーで交わされる会話に耳をそばだてることになる。欧州で戦争が勃発し、多くの名画が日本に避難している。フェルメールの絵を鑑賞したり、日常会話を交わしたり。その合間に、徴兵制の噂や反戦運動への思いなど「戦時」を実感させる単語が飛び交う。
演出は、劇団主宰の多田淳之介。地域と芸術の関係や芸術の公共性を考えながら創作活動をしようと、4年前に東京での公演を休止し、埼玉の富士見市民会館キラリ☆ふじみに拠点を移した。それ以降、日韓共同制作をはじめ、青森や福岡など各地で活動を続け、高齢者ばかりの演劇作りや地域の人々とのワークショップなど、得難い経験を積んだという。
「地域密着、拠点日本」を活動指針に掲げるに至った彼らが東京に戻った契機は、東日本大震災。多田は劇団のホームページで、以前と同じように見えても「表には出ない東京生活者のなかにある影に向き合いたい」と新たな決意をつづっている。
何の気なしに訪れた4年前の最終公演「その人を知らず」の印象が強烈で、「東京デスロック」は気になる劇団だった。作風の多様化を実感させる再スタート。これからどんな舞台を見せてくれるのか、楽しみが一つ増えた。(瀬川成子・共同通信文化部記者)
せがわ・しげこ 歌舞伎など古典芸能、現代劇を担当。奈良出身だからという訳ではないけれど、古美術や木造建築、日本庭園が好きです。趣味は国内外旅行。