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『大いなる眠り』レイモンド・チャンドラー著、村上春樹訳 著者と訳者の幸福な出会い

2013年02月11日


米タイム誌が選ぶ「最も優れた小説100冊」、仏ル・モンド紙が選ぶ「20世紀の名著100冊」に入った名作を、世界的な人気作家が新たに翻訳した。しかもジャンルはミステリーである。読まずにおれようか。

私立探偵フィリップ・マーロウが大富豪から身内のトラブルを解決するよう依頼され……という筋立ては、さほど重要ではない。謎解きの楽しみも期待してはいけない。主人公のタフでクールな人物造形は、今やハードボイルドの紋切り型として色あせてしまった。味わうべきは、いまだ精彩を放つ気の利いたせりふ回しや凝った比喩、委曲を尽くした人物・情景描写である。となれば、やはり翻訳こそが重要になる。

半世紀以上前に出た双葉十三郎の旧訳に比べれば、新訳は当然、読みやすくリアルである。比較すると面白い。

「つまらないことで射たれる男が多いのを知ってる?」

「ぜんぜん理由もなしに射たれる奴もいるさ」

これが新訳ではこうなる。

「その程度のちっぽけなことのために、人は撃たれてきたのよ、マーロウ」

「人はまるで意味のないことのために、撃たれてきたさ」

訳によって人物も作品も奥行きがぐっと変わる。

村上春樹の初期作品が、ハードボイルド小説の構造をとっていることは指摘されてきた。彼自身、チャンドラーの影響を公言してもいる。ということで、著者と訳者の幸福な出会いに立ち会える私たち日本の読者は幸せである。訳者の丁寧で長めの解説もうれしいおまけだ。

(早川書房 1700円+税)=片岡義博


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