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【300文字小説】

オクラのお客さん 小澤 恵

作・瀬崎修

写真

 今年の六月、オクラの苗をもらった。

 畑に植えると、どんどん成長。実のなる頃、お客さんが来た。カマキリと、オクラの葉が大好物のフタトガリコヤガの幼虫だ。

 それから毎日、カマキリがこの幼虫を狙った。カマキリは、ライオンが獲物を狙う構えそっくり。葉と同じ緑色に偽装。そっとそっと巧みに歩み寄る。幼虫は葉を食べることに夢中。警戒心に欠ける。あっさりカマキリの餌食となる。

 この捕り物を見るのが、毎日畑に行く楽しみになった。しかし、幼虫はそれ以上に繁殖し、オクラは無残にやられた。こちらが願うほどにカマキリは捕まえてくれなかった。残念…。

 この捕り物も、秋涼しくなると終わりを告げた。

 (愛知県春日井市・農業・64歳)

◇ ◇ ◇ ◇

梅酢で反応テスト 佐藤 邦夫

 漬けた梅を干そうと、壺(つぼ)から赤くなった梅の実を出した。

 残った梅汁から、赤のリトマス液を思い出した。梅酢で、リトマスのように反応テストができないものか。

 赤いリトマスはアルカリ性に反応して青くなるから、梅酢の中にアルカリ性である重曹を入れてみた。ブクブク泡を出して、青色になった。

 (こりゃいいぞ)

 青色になった梅酢に、酸性のものを入れて赤色に戻ればと、酸性である食酢を入れた。少し濁ったが赤色になった。リトマス液と同反応だ。

 (やった! これはいける)

 もっと多くのテストを。

 灰汁(あく)の上澄み液に赤色梅酢を入れると、青色に変化。灰汁はアルカリ性。乾燥剤もアルカリ性。

 おもしろい! おもしろい!

 (愛知県岡崎市・無職・85歳)

◇ ◇ ◇ ◇

名画 大山 純一

 タイムマシンがついに完成した。使い道は決まっている。金儲(もう)けだ。開発に巨額を投資した以上、当然だ。

 方法は簡単。過去へ遡(さかのぼ)り、名が売れる前の天才画家から作品を買い集めればいい。価値が出る前だから格安に購入できる。

 私は、早速、過去を目指した。

 その時代の通貨は持っていないので、購入には貴金属類を充てた。

 ゴッホ、ムンク、ルノワール…まだ無名の頃描かれた未来の名画を次々手に入れた。

 現代へ戻り、それら作品を、世界的美術商に持ち込んだ。

 どれも本物なのだから、相当の高値がつくはずだ。しかし、鑑定家の言葉は意外だった。

 「すべて偽物ですね。絵の具の乾き具合からして、描かれてから一年とは経(た)っていませんよ」

 (岐阜県瑞浪市・公務員・47歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 人間が手入れした畑や庭も、そこで生きる虫達にとっては大自然そのもの。そんな弱肉強食の舞台で展開される日々のドラマを観察した小澤恵さんの「オクラのお客さん」です。

 世の中、どこにでも実験の材料は転がっているものです。佐藤邦夫さんの「梅酢で反応テスト」は、愉快かつ的確な発想と同時に、それを、すぐ実験に移す旺盛な好奇心に脱帽です。

 H・G・ウェルズの『タイムマシン』発表が一八九五年。以来、時間旅行のアイデアを使って一儲けを企(たくら)む話は無数に試みられてきましたが、大山純一さんの「名画」は、いかに?

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