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【社説】

人間らしく生きるには 憲法記念日に考える

 大震災の復興も原発被害の救済も進まない。雇用環境が崩壊しては、若者たちの未来がない。人間らしく生きる−。その試練に立つ現状をかみしめる。

 哲学書としては異例の売れ行きをみせている本がある。十九世紀のドイツの哲学者ショーペンハウアーが著した「幸福について」(新潮文庫)だ。

 「幸福を得るために最も大事なのは、われわれ自身の内面のあり方」という、わかりやすいメッセージが、暗いニュース続きの日本人の心に染みているからだという。次のようにも記されている。

重たい政治の足取り

 《幸福の基礎をなすものは、われわれの自然性である。だからわれわれの福祉にとっては健康がいちばん大事で、健康に次いでは生存を維持する手段が大事である》

 生存を維持する手段−。まさしく憲法の生存権の規定そのものだ。「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障した第二五条の条文である。

 大震災と原発事故から一年以上も経過した。だが、岩手・宮城のがれき処理が10%程度というありさまは、遅延する復旧・復興の象徴だ。原発事故による放射能汚染は、故郷への帰還の高い壁となり、今なお自然を痛めつけ続けてもいる。

 肉体的な健康ばかりでなく、文化的に生きる。主権者たる国民はそれを求め、国家は保障の義務がある。人間らしく生きる。その当然のことが、危機に瀕(ひん)しているというのに、政治の足取りが重すぎる。

 生存権は、暮らしの前提となる環境を破壊されない権利も含む。当然だ。環境破壊の典型である原発事故を目の当たりにしながら、再稼働へと向かう国は、踏みとどまって考え直すべきなのだ。

 国家の怠慢は被災地に限らない。雇用や福祉、社会保障、文化政策…、これらの社会的な課題が立ちいかなくなっていることに気付く。例えば雇用だ。

50%超が不安定雇用

 若者の半数が不安定雇用−。こんなショッキングな数字が政府の「雇用戦略対話」で明らかになった。二〇一〇年春に大学や専門学校を卒業した学生八十五万人の「その後」を推計した結果だ。

 三年以内に早期離職した者、無職者やアルバイト、さらに中途退学者を加えると、四十万六千人にのぼった。大学院進学者などを除いた母数から計算すると、安定的な職に至らなかった者は52%に達するのだ。高卒だと68%、中卒だと実に89%である。予想以上に深刻なデータになっている。

 学校はまるで“失業予備軍”を世の中に送り出しているようだ。就職しても非人間的な労働を強いられる窮状が、かいま見える。

 労働力調査でも、完全失業者数は三百万人の大台に乗ったままだ。国民生活基礎調査では、一世帯あたりの平均所得は約五百五十万円だが、平均を下回る世帯数が60%を超える。深刻なのは、所得二百万円台という世帯が最も多いことだ。生活保護に頼らざるをえない人も二百万人を突破した。

 とくに内閣府調査で、「自殺したいと思ったことがある」と回答した二十代の若者が、28・4%にも達したのは驚きだ。「生存を維持する手段」が瀬戸際にある。もはや傍観していてはならない。

 一九二九年の「暗黒の木曜日」から起きた世界大恐慌で、米国は何をしたか。三三年に大統領に就任したルーズベルトは、公共事業というよりも、実は大胆な失業救済策を打ち出した。フーバー前政権では「ゼロ」だった失業救済に、三四年会計年度から国の総支出の30%にもあたる巨額な費用を投じたのだ。

 当時、ヨーロッパでも使われていなかった「社会保障」という言葉自体が、このとき法律名として生まれた。「揺りかごから墓場まで」という知られたフレーズも、ルーズベルトがよく口ずさんだ造語だという。

 翻って現代ニッポンはどうか。社会保障と税の一体改革を進めるというが、本音は増税で、社会保障の夢は無策に近い。「若い世代にツケを回さないため」と口にする首相だが、今を生きる若者の苦境さえ救えないのに、未来の安心など誰が信用するというのか。ルーズベルトの社会保障とは、まるで姿も形も異なる。

現代人は“奴隷”か

 十八世紀の思想家ルソーは「社会契約論」(岩波文庫)で、当時の英国人を評して、「彼らが自由なのは、議員を選挙する間だけのことで、議員が選ばれるやいなや、イギリス人民はドレイ(奴隷)となり、無に帰してしまう」と痛烈に書いた。

 二十一世紀の日本人は“奴隷”であってはいけない。人間らしく生きたい。その当然の権利を主張し、実現させて、「幸福の基礎」を築き直そう。

 

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