扇子
扇子(せんす)とは、うちわと同じく自分の手で風を送るのに用いる道具。ただし古くは扇(おうぎ)と呼ぶのが普通であった。「おうぎ」という言葉は「あふぐ」(扇ぐ)の派生形の「あふぎ」であるが、日本語の変化により関連がわかりにくくなった。
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[編集] 形態
数本から数十本の細長い竹や木で出来た骨を束ねて端の一点(要=かなめ)で固定し、使わないときは折りたたみ、使用時に展開する。骨には大抵和紙が貼られており、展開すると紙を貼られた部分が雁木形の扇面となる。折り畳むことでコンパクトに納めることができる。開閉の方法は、骨を右手親指でずらすように押すことで開く。一般的には右利き用であるが、左利き用も販売されている。また、扇子そのものを振ることで開く方法もある。
扇子を開く角度は、大体90度から180度の間であり、円を三等分した中心角120度前後のものが主流である。扇子を開いた形は、「扇形(おうぎがた、せんけい)」と言い、幾何学の用語にもなっている。このような扇子の形状は、「末広がり」に通ずるので縁起のよいものとされてきた。そのため、めでたい席での引出物としても用いられている。
[編集] 構成
- 骨
骨の材質は、一般的には竹製または木製の物が多く、先端部ほど薄く細くなるテーパ構造になっている。大抵の扇子の骨は細長く、折り畳んだ和紙を張って開くと段になるように展開する。骨組みのうち一番外側の部分(親骨)はとくに太く、内側の骨とは逆に先端部ほど太くなっている。親骨に装飾として漆塗りや蒔絵などの細工が施されているものもある。また象牙、鼈甲なども骨の素材とすることがあるが、これはもっぱら洋扇で使われる。
なお白檀などの香木を平たく削ったものを重ねて作られる扇子があるが、この形式の扇子はすたれ気味であり、紙を貼ったものが主流である。
- 扇面
あおぐ時に風を送る部位。骨が完全に開ききらないように固定する働きもある。伝統的な扇子では和紙を張るが、合成繊維や布を貼ったものもある。この扇面に絵を描く必要から、湾曲した形状(いわゆる扇形)の紙に描く、扇絵と呼ばれる日本画の形式が発展した。この扇絵を得意としたのが、俵屋宗達であるといわれている。
かなめ。扇を開く際に根本で止めるもの。扇子の要は、金属やプラスチック、鯨ひげなどで骨を束ねている。この部位が壊れると扇子としての用をなさなくなるため、最も重要な部分である。ここから、「肝心要」の語源となった。
- 責
せめ。扇を止める帯状の輪。
[編集] 歴史
「扇」という漢字は、本来風に動く軽い扉のことを意味し、そこから転じてうちわのことを言うようになった。うちわは紀元前の中国で用いられたという記録がある。また古代エジプトの壁画にも、王の脇に巨大な羽根うちわを掲げた従者が侍っている図がある[1]。日本では、利田遺跡(佐賀県)において、うちわの柄が出土した例がある[2]。このようにうちわは文明発祥時から存在するが、木の薄板を重ねたり、また紙を折りたたんで製作する扇は日本で発明されたものである。
最初に現れた扇は30cmほどの長さに2~3cm幅の薄い檜の板を重ねて作る檜扇と呼ばれるもので、これは奈良時代から平安時代の初期にかけて世に現れたといわれる。紙は貼られておらず、その起りは一説には木簡を束ね一方の端に穴を開け、そこに紐などを通して縛ったものだという。また檜扇のそもそもの用途は開いて煽ぐものではなく、メモ帳として物を書きつけるものであった。のちに檜扇は冬の季節の扇とされた(詳しくは檜扇の項参照)。
その後平安時代の中頃までに、5本または6本の細い骨に紙を貼った蝙蝠扇(かはほりあふぎ)が夏の扇として現れる。これが現在一般に見られる扇の原型であるが、このころの紙貼りの扇は扇面の裏側に骨が露出する形式であった。平安時代には扇はあおぐという役割だけでなく、儀礼や贈答、コミュニケーションの道具としても用いられた。具体的には和歌を書いて贈ったり、花を載せて贈ったりしたことが、源氏物語など、多くの文学作品や歴史書に書かれている。このように扇は涼をとったりもてあそび物にされる一方で、時代が下るにつれ儀礼の道具としても重んじられ、公家や武家また一般庶民の別なく、日常や冠婚葬祭での持ち物のひとつとされた。
ほかには、宮中において2組に分かれて扇を持ち合い、その描かれた絵画や材質の優劣を競い合う扇合せという行事が円融天皇の天禄4年(973年)に行われたという記録がある。また近世には毎月一日、天皇が三種の神器が安置されている内侍所へ参拝する時の持ち物として、御月扇と称して月毎に末広の扇が絵所より新調されたが、そのほかに表面に古代中国の賢聖、裏面に金銀砂子に草花を描いた賢聖御末広という末広が献上されることもあった。
日本の扇はコンパクトに折り畳めるという利点が高く評価され、中国大陸には北宋の時代に、またその中国を経てヨーロッパにも輸出された。
[編集] 種類
- 冬の扇 : 檜扇や中啓。主に儀礼用。中啓は能楽をはじめとする諸芸能でも使われる。古くは10本骨の沈折(しずめおり)の扇も広く用いられ、これは夏冬共用であった(「沈折」については中啓の項参照)。
- 夏の扇 : 蝙蝠扇。現在一般に市販されている両面貼りの骨の多い扇子も夏の扇である。なお公家の夏の扇は江戸時代に至るも蝙蝠扇と称し、骨が扇の裏面に露出していた。
- 軍扇 : その昔武将が戦場に携えた扇。その形式は時代によっていくらか相違はあるが、だいたいは骨は黒の塗骨、表は赤地に金の丸で日輪をあらわし、裏は紺色の地に銀で月と星(多くは北斗七星)を描くといったものであった。
- 鉄扇 : 親骨を鉄製にした扇。鉄の短冊を重ねたもの、また閉じた状態の扇子の形を模しただけで開かない(つまり、扇子の親骨型の鉄塊)鉄扇も存在する。携帯用の護身具、または鍛錬具として用いられる。鍛錬具として用いられるものは、手馴し鉄扇(てならし-てっせん)とも呼ばれる。
- 舞扇 : 沈折の扇。日本舞踊や歌舞伎で使われる。
- 祝儀扇 : 冠婚葬祭に用いられる扇。用途によって格式が細かく定められており、葬儀に用いられるものは「不祝儀扇(ふしゅうぎ-せん)」とも呼ばれる。
- 唐扇(中国扇) : 中国大陸で作られた扇。またその形式を模したもの。日本から輸入された扇はやがて中国でも真似て作られるようになり、その時日本の扇が骨の片面にだけ紙を貼っていたのを、両面貼りとして骨の数も多くした。現在日本の夏に見られる扇子の多くはこの形式によるものである。また両面貼りの形式は日本にも逆輸入され、室町時代には中啓が現れるに至った。
- 洋扇 : ヨーロッパで作られた扇。またその形式を模したもの。日本の扇は大航海時代に中国を経由して西洋にまで輸出されて独自の発展を遂げ、17世紀のパリには扇を扱う店が150軒を数えるほど、上流階級の女性のコミュニケーションの道具として大流行した。ヨーロッパでは絹やレースを貼った洋扇に発展し、孔雀の羽根を用いた扇子も作られた。
- 羽根扇子 : 羽で飾った洋扇。日本でこれを用いた例は宝塚歌劇に見る事ができる。主に歌劇中の女性貴族の持ち物として用いられ、劇中の華やかさを彩る物となっている。1990年代にはディスコで踊る時に使うのが流行し、ジュリアナ東京でも多く用いられたことからジュリ扇とも呼ばれた。またこの羽根扇子はストリップティーズなどの舞台でも小道具として使われることがある。
- 飾り扇 : 部屋に飾り物として置く。たいていの場合飾り物としてそれ専用に作られたもの。上にあげたそれぞれの扇の規格に沿って製作してはいないので、たとえば能楽や日本舞踊などで飾り扇を使うことはできない。
ほかには、沖縄では扇面にヤシ科のビロウ(クバ)の葉を使ったクバ扇(くばおーじ)というものがある。
[編集] 用途
- 風を送る
- 口を隠す
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- 礼儀として、笑うときに歯が見えないように口の前を覆う。
- 贈答
- 芸能・諸芸道における持ち物
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- 能楽・狂言で、また仕舞で用いられる。演目において、またシテ方・ワキ方をはじめとして、それぞれがどのような扇を持つべきかは細かく規定がある。
- 日本舞踊においても用いられる。笠や盃など、色々なものに見立てる。(舞扇の項も参照)
- 歌舞伎の舞台においても扇は必須のものである。特に劇中で「物語」といって以前に起きた事件や出来事を扇を使って物語る場面がある。『熊谷陣屋』の熊谷直実の「物語」が好例。
- 落語でのうどん・蕎麦などを食べるしぐさをする場面で、畳んだ状態での扇子を箸に見立てて用いる。少し開けて傾け酒を注ぐ銚子を表す。他、場面に応じて、刀や望遠鏡など様々な見立てがなされる。手拭と並んで重要な落語の小道具。噺家の隠語では扇子は風(かぜ)と呼ばれる(ちなみに手拭はマンダラ)。
- 蹴鞠、茶道、香道においても、実際には開いて煽ぐような事はないが、それぞれ定められた扇を持つ。
- 挨拶の境
- 投扇
- 弓矢の的
- 棋士の思考の際の手すさび
- 張り扇
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- 講談師が講談の最中に、調子取りと音を出すために、釈台を叩く。
- 人を叩く
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- 落語で自分の頭を叩いたり、踊りの師匠が弟子をたしなめるのに、手ではなく扇子を使って頭を叩く。空中で叩く所作をもって叩いたことにすることもある。(ただし、武士階級では扇子で頭を叩かれる(叩く)行為は非常に屈辱を与える(あるいは受ける)ものとされた。扇子で頭や手足を叩く行為は明治以降に行われるようになったと思われる。)
- 応援
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- 応援団が和装で声援を送る時、手に「必勝」などの文字が描かれた扇子を振って調子を取る。鉢巻に挿す場合もある。
- 盆の代用として(贈答時)
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- 扇子に金封をのせてさしだすこともある。このとき要を手前にして、金封をのせ、相手の膝前に要がむくように、転回してさしだす。これは本来盆にのせてさしだすところを扇子で代用するという意味をもつ。
- 扇子腹
- ツッコミ用ハリセン
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- 大きな紙を折り畳んで一方をテープで止めたものは、「ハリセン」と呼ばれ、ドツキ漫才などでツッコミ用に使われる。
[編集] 家紋
日本の家紋の意匠としても用いられ、摺り畳扇を図案化した扇紋(おうぎもん)と板扇を図案化した檜扇紋(ひおうぎもん)がある[3]。扇紋には「五本骨扇」などの骨の数によって表されるものや、より写実的な図案の「雁木扇」や反り返りの付けられた「反り扇」、また、扇の部位を用いた「扇骨(おうぎぼね)」や「地紙(じがみ)」といったものもある。佐竹氏の「佐竹扇」、島原藩の「島原扇」や浅野氏の「浅野扇」などがあり、高崎藩や三遊亭の紋である「高崎扇(三つ雁木扇)」は小説などにも出てくる。檜扇紋では、「山崎扇」や「秋田扇」などがある。
[編集] 文様
[編集] 扇を名称に含む動植物
[編集] ギャラリー
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赤富士の扇子
[編集] 脚注
- ^ 図説、初期王朝時代
- ^ 吉野ヶ里遺跡(弥生時代)-出土遺物1
- ^ 本田總一郎監修『日本の家紋大全』梧桐書院 2008年