洪水
洪水(こうずい)とは、大雨などが原因で河川から増水・氾濫した水によって陸地が水没したり水浸しになる[1]自然災害(天災)である。欧州連合の洪水指令は、洪水を常態では水が無い陸地が水によって覆われることと定義している[2]。工学的には、単に平常時よりも河川が増水する現象を指すため、河川が増水すれば災害の有無と関係なく呼称される。また、「水が湧き出る/流れる」の意味から、潮汐の流入を含む場合もある。洪水発生の原因は河川や湖などの水量であり、氾濫や堤防の決壊などを発端に境界を越えて引き起こされる[3]。
洪水等の水によりもたらされる被害(洪水以外には降雨に誘発された土砂崩れなどがある)を総称して水害や水災害と呼び、これを制御することを治水と呼ぶ。
目次
概要[編集]
増水した河川の流れ[編集]
河川は、降水量などとの関係において、その水量が増減する。増水したときには、上流から土砂を運ぶため、河川は大なり小なり、そのようにしてもたらされた土砂の堆積による平坦な地形を作り、普段はその中の溝のような部分を流れる。そして増水すると、それを超えて上記の平坦な地形にあふれる。これが現在の洪水に当たる現象である。
したがって、そのような増水のたびに水路は位置を変えていたものである。そのような平坦地は軟らかい地盤と平坦な地形を持ち、またたびたび洗い流されるために遷移の進んだ植物群落を発達させえない。このような平坦地を氾濫原という。
しかし、人間は文化を発展させて、このような平坦で肥沃な地を耕作地として開発するようになった。日本および世界の大都市のかなりは、こうした肥沃で河川交通にも便利な氾濫原にできあがっている。その結果、洪水が人に被害をもたらす水害となるようになり、河川を固定した流れに閉じ込める工夫がなされるようになった。
洪水とその治水[編集]
古来より、治水は治世者の重大な問題であったが、そのことは今日においても変わりはなく、河川周辺の住民を洪水から守るために様々な施策が行われている。
堤防を境界として、人々の居住地の外(河川側)を堤外地、居住地側を堤内地と呼ぶため、河川の水を外水(がいすい)、外水の氾濫によって水害が生じた場合を外水氾濫と呼び、河川に関わりなく排水が追いつかないために水が敷地内にあふれた水を内水(ないすい)、内水の氾濫によって水害が生じた場合を内水氾濫と呼んで区別している。日本における洪水被害額は、1993年から2002年の合計で外水氾濫が1.3兆円(54%)、内水氾濫が1.1兆円(46%)であり、ほぼ同値となっている[4]。これは、堤防が破堤もしくは越流しない洪水が洪水のほぼ半分を占めることを示している。
過去より日本では、大規模な台風や集中豪雨で堤防が破堤し、外水洪水が頻発したが、近年大規模河川の堤防整備が進んだために外水による洪水はあまり生じなくなった。2000年に発生した東海豪雨は、日雨量が400ミリを超える降水により発生した、近年まれに見る外水氾濫であった。一方、近年では主に都市部において集中豪雨により洪水が発生し、各地が冠水することが多くみられるようになった。これは、都市部においては舗装や建築物などで地面が覆われ、雨水の浸透能が非常に低く地面に滞留しがちであるためである。
近年、新潟県や富山県などの北陸地方では、前線が近辺に停滞したことが原因による水害の被害を何度か受けており、東北地方や関東地方、東海地方におけるアイオン台風やカスリーン台風、伊勢湾台風などのような、大規模な水害を過去に経験していない地域で生じた被害のため注目されている。これは、過去に大惨事を経験した地域においては再度災害防止の連綿とした復興事業が功を奏して大規模な被害が激減しているため、相対的にこれまでそれら事業が実施されてこなかった地域が災害対策の空白ゾーンとして残されているためであり、早急に防災事業を進展することが求められている。
また、治水事業は下流から実施することが基本であるため、どうしても上流の治水事業は後回しで遅れ気味となる。特に河川は上流に行くほど枝状に支川が分岐しその延長も増加するため、末梢の中小河川ではそれらを管理する地方自治体の財政難も影響して治水事業が遅々として進展しないのが問題である。
発生原因(自然現象)[編集]
降雨(集中豪雨・台風などによる)[編集]
豪雨による洪水は、降水が地中に浸透せず、河川にあふれ出るから発生するのではない。放射性同位体による追跡調査の結果、洪水時の水も地下水に由来することが判明している。
多量の降水があった時など、地中に浸透しない水が地表で水流を作ることがある。これをホートン地表流というが、実際にはホートン地表流を形成した水も、早かれ遅かれ地中に浸透する。地表の浸透能力は非常に高く、地表が舗装や岩石で覆われていない限り、ほぼ100%の水が地中に浸透する。
地中に浸透した水は地下水となるが、多量の降水があった場合などは、地層がそれ以上、地下水を保有できなくなることがある。地層には地下水を多く保有できるものもあれば、少ない量しか保有できないものもある。いずれにせよ、地下水量がその地層の保水能力を超えると、新たに浸透した水に押されて、それまでの地下水が地表へ湧出することとなる。地表に湧出した水の一部は河川へ流入し、増加した水によって河川の流量容量を超過すると、河川水が河川域外へ流出し、洪水が発生することとなる。また、地表に湧出した水の行き場がなく、その場で水が滞留して洪水が発生することもある。 以上から、洪水の発生原因は2つに大別される。地中から地表にあふれ出る水量が多くなることと、その水量が河川内に収まらなくなることである。前者は、当該地域での時間降水量と地層の保水能力とに大きく左右され、人為的に制御することはほぼ不可能である。人為的な洪水予防の方策としては、河底の浚渫や河川敷の拡張などによって河川の流量容量をできるだけ確保するか、河川堤防を強化することなどに限られる。
また、河道を溢れた水が氾濫しやすい場所としては、河道の勾配が急にゆるくなる地点、河道の蛇行する地点、河道が分流または合流する地点、河道の幅が急に狭まる地点があげられる。氾濫した水は、氾濫した先の地形に応じて広範囲に拡散したり、輪中のように堤防に囲い込まれている地点においては低地に滞留したり、大規模な洪水の場合は拡散した洪水が何十kmも流れ下って低地の堤防内に滞留することもある[5]。
高潮(台風などによる)[編集]
高潮や、海から河口へ吹く風により、下流部の河流が妨げられたり、激しい場合は海水が河川へ逆流することがある。このような場合、河川への流入なしでも洪水が起こりうる。ただし実際はこのような現象は台風の豪雨に伴われることが多い。
融雪[編集]
積雪地では、冬季の異常な気温上昇、暖かい強風、降雨や、季節変動による春季の気温上昇により融雪を要因とする洪水が発生する。これを融雪洪水または融雪出水と呼ぶ。特に日本海側や北海道においては、洪水の規模として夏季の降雨よりも春季の融雪を要因とする方が大規模となる場合が多い。 河川への流入の機構は降水に準ずる。
発生原因(河川工作物にも関連するもの)[編集]
堤防の決壊による氾濫、ダムの決壊 による増水[編集]
世界中の多くの国で、洪水を引き起こす可能性が高い河川は慎重な管理が行われ、堤防などの防御策が講じられる[6]。ダムや自然ダム(氷河湖など)の決壊によっても、洪水が起こる。なかでも氷河湖のものは氷河湖決壊洪水と呼ばれ、世界各国で災害例が報告されている。災害の様相によっては土石流に分類されることもある。天井川では、水位が平常でも堤防が決壊すると洪水となる。
ダムの放水による増水[編集]
ダムの放流は、下流に洪水をもたらす。ただし、予定どおりの放流であれば被害を引き起こすことは稀である。
増水時に行われる緊急放流によっても洪水が起こる。ただしこれは、ダムの洪水調節機能が停止している状態であり、仮にダムがなかった場合に比べ洪水が激しくなるわけではない。
破堤と応急的堤防補強[編集]
水が河道内に収まりきらなくなり、堤防を乗り越えて外に溢れ出すことを越流という。また、堤防が崩壊して一気に堤防内に水があふれ出すことを破堤という。破堤はただ単に崩壊するほかに、越流地点において上部や河道の反対側から氾濫水によって堤防が削られて崩壊することもある。この越流破堤は破堤のなかでも最も一般的なものである[7]。
堤防の応急的な補強対策として、代表的に以下の工法が挙げられ、年に数回開催される地方自治体の水防訓練などで見学できる。
- 五徳縫い工
- 堤防の裏法や裏小段に亀裂が生じた時に行う工法で、竹の弾力を利用して亀裂の拡大を防ぐ工法である。
- 積土のう工(積土嚢工)
- 超水を防止する工法で、堤防の上に川と平行に、土嚢を数段積上げることにより超水を防止するもので、水防工法のうちで最も基本となる工法である。
- せき板工(堰板工)
- 水が堤防を越えるのを防ぐために、土嚢を3袋重ねて両側に鉄板を固定する方法。
- 月の輪工
- 堤防の漏水を水路などに放流させる為、土嚢を半円状に積んで水を貯める囲いを作り、間にビニールパイプを通す方法。
- 釜段工
- 堤防の下を通って湧き出てきた水に対処するため、土嚢を円形に並べ、水を貯める囲いを作り、水圧により漏水を抑える工法。
- ブルーシート工
- 堤防全体にブルーシートを張り、ロープで吊り下げた土嚢で固定することで堤防から水が染み出さないようにする工法(5月下旬に多摩川で開催される水防訓練などで拝見(?)できる)。
建物や堤防などにダメージを与える急流や鉄砲水の流れを緩やかにする応急策として、手頃な丸太に1メートルぐらいの長さをおいたロープで土嚢を括りつけて川に流す方法や、丸太を三角形の筒状に組み合わせて川に沈める枠・牛という方法があるが、地域によってはあらかじめ鉄砲水や急流が発生しそうな場所に、海などでよく見かける鉄筋コンクリート製のテトラポッドなどを配置している。
枕崎台風で被害を受けた広島市では、雨量洪水情報を電子メールで自動配信しており、情報処理や地域住民への洪水情報の提供方法が特に重要視されている。
洪水の害および衛生的問題[編集]
洪水はしばしば地域の住民に大きな被害をもたらす。居住地域に水が押し寄せることによる溺死などの直接的な命の危険は言うに及ばず、家屋が押し流されたり、水につかることにより家具や電気製品などが使用不能になったり、電気や水道、道路や橋などといったインフラストラクチャーが押し流されたり損壊することによる修復費用、およびそれが復旧するまでの生活の不便さ、水が引いた後の不衛生な環境による疫病の危険など、その被害は多岐にわたる。
洪水が引いた後に必要となる後始末や清掃作業が、時に作業者やボランティアの安全を脅かす場合がある。それは、下水道水と混ざり合い汚染された水との接触、感電、一酸化炭素中毒、運動器に関わる負傷、熱中症や逆に低体温症、自動車などの事故、火災、溺死、危険物が晒された状態など多岐にわたる[8]。洪水が起こった地域は混乱した状態にあり、作業者は鋭くぎざぎざになった残骸類、溢れた水に潜むバイオハザード、露出した電線、動物や人間の血液や体液そして死体など通常ではありえない影響に脅かされかねない。被害地での対処を行うに当り、作業者には安全帽やゴーグル、重労働用の軍手、ライフジャケットや防水タイプのブーツ型安全靴などの装備を計画段階で整えられる[9]。
長期的な治水対策[編集]
一般的な治水においては、上流のダムや河川の堤防によって増水した水を河道内に封じ込め、速やかに海へと流し去ることが基本的な方針となる[10]。このため多くの河川には長大な堤防が建設され、また一時的に水を貯留するダムも各地に建設された。このために日本における洪水はかなり減少したが、河道の外でしばらく滞留していたような水まで河道に集めて速やかに流し去ることとなったため、洪水時に河道内を流れる流量は増加傾向を示している。
過去に大規模な洪水を経験した地域では、広大な遊水地(岩手県一関地域を参考)や、高台に緊急避難用の小規模な都市機能、病院や工業団地などを準備しておく防災コロニーを整備しているところもある。また、山津波と恐れられる土石流を防ぐため砂防ダムがある。
しかし、北上川上流域で過去200ミリを越えた台風や前線は上陸しておらず(甚大な被害と言われたカスリーン、アイオンでも200ミリ以下であった)、期間降水量が200ミリを超えた場合にどの程度の被害が発生するかが懸念される。
最近では関東の荒川、利根川、関西の淀川、大和川で、堤防の幅をかなり広く造り、洪水が発生しても堤防の法面が崩れないよう緩傾斜に造った上で、新たに造成された堤防裏法面を区画整理用地としてビルやショッピングモールなどに活用するスーパー堤防も整備が始まっている。
また、東京都などの大都市では、河川からあふれ出した水を速やかに排除するための地下河川が多数建設されている。
他にも、洪水対策にあまり莫大な予算をかけず、昔ながらの方法で建設可能な武田信玄の治水方法が近年注目を浴びている。これは地方の水田などが多く点在する地域において、水田に稲が倒れるような洪水の激流を流さないよう、霞堤(通常の堤防より低い堤防で、高さが一定ではない堤)でゆっくりと水位を上げることで水田を遊水地として利用したり、水の激流がぶつかる箇所に巨岩を配置して洪水の勢いを弱めたり、自然石を城壁のように積み上げて堤防や砂防ダム等を建設することで輸送費や材料費のコストを節約するのに有効な方法である。だが、人口密集地などの都市部で使用される治水対策かは疑問が残る。
近年は、従来の治水対策として、洗堰から恣意的に浸水させることで相対的に他の重要な地域の浸水被害を防いでいた遊水池において、他の治水対策により浸水回数(経験)が減少し、その危険性の認識が低下している。このため、交通至便な割りに安価な土地として市街化(例えばJR新横浜 - 小机 付近)が進み、潜在的な被害の発生が懸念される事例が増えて来たため、東海豪雨をきっかけに洪水ハザードマップが作成・配布されることが急増した。また、残る遊水地においても水量調節機能を増強するため、遊水地を取り囲む囲繞堤を築いて普段は水が侵入しないようにしておき、河道に接する部分のみ越流堤として堤を低く建造しておいて、増水が始まると堤の低い部分から湧水調整池に水が流れ込み、洪水を防ぐなどの対策が講じられている。なお、この場合調整池の下流側には水門を築き、河道の水位が下がれば排水できるようになっている[11]。
内水の対策として堤防に囲まれた地域に排水ポンプを建設する方法がある。これは数年に一度の間隔で外堤からあふれて副堤を伝って流れてきたり、小河川からあふれて副堤を伝って流れてきた水を堤防の上まで水を汲み上げて本流に流す装置であり、維持管理に費用のかかるもので、ポンプ自体が水に浸かって壊れないように気をつけなければならない。
洪水モデル[編集]
洪水の理解と治水の試みは少なくとも6000年以上は続けられてきたが、モデル化が行われたのはごく最近である[12]。近年では、コンピュータを使用した洪水モデルが発達し、破壊試験や過剰な工学的構造を持つ傾向から離れた設計が可能となった。洪水のコンピュータ・モデルも増え、1Dモデル(チャネル地形の中で計測される洪水)や2Dモデル(氾濫原までにわたる様々な水深の洪水)もつくられた。アメリカ陸軍工兵隊が制作した水理解析ソフトウェア[13]HEC-RAS (the Hydraulic Engineering Centre model)[14]は、無料で利用できる最も一般的なモデルの一つである。TUFLOWなど他のモデルでは[15]、1Dと2D 要素を結合させ、河道から氾濫原に至る洪水の深さを導いている。波浪や河川による氾濫を面的に捉える手法は時代遅れになりつつあったが、2007年に発生したイギリスの洪水は、表層を流れる水の動きを重視する方向へ転換させた[16]。
洪水時の水位変化は、河川の長さと勾配に大きく左右される。日本の場合においては河川の長さが短く勾配も急であるため、上流の洪水が下流に到達するのは数時間、長くても1日から2日程度がほとんどであるが、大陸の長大な河川の場合は時期が大幅にずれ、1か月から2か月後に洪水が到達することすら珍しくない。また、これに関連して、日本の洪水は低地に水が滞留してしまった場合を除けば水が引くのも早いが、大陸においては洪水が収まるまで数日、長いものでは数か月かかることもある[17]。また、洪水時の水位変化は、上流から下流に洪水波と呼ばれる波として伝わる。
日本における警戒情報の告知[編集]
日本では、洪水に関する警戒情報の告知については、気象庁から発表される。
洪水警報については「溢水・氾濫等により国民経済上重大な損害を生じる恐れがあるとき」に、洪水注意報については「基準地点の水位が警戒水位を超え、なお水位上昇により災害の発生する恐れがあるとき」に気象庁から発表される。また、洪水情報については各地の気象台から発表されるが、その内容は洪水注意報および洪水警報の補足説明または軽微な修正を必要とするものとされ、取扱いは洪水予報に準じるとしている。
これらはその発表における判断は各々の事例において直近の自然災害や降雨状況などを総合的に判断してなされるものであり、それぞれの発表について明確な数値基準はない。なお、具体的な一例として、洪水警報は平野部において1時間雨量で40–50ミリ以上、3時間雨量で70ミリ以上、24時間雨量で140–200ミリ以上(北海道は100ミリ以上)が大体の目安とされる。また、都道府県や市町村の首長から住民に対して、特に警戒を促すため状況に応じて「避難準備」「避難勧告」「避難指示」が発令されることもある。
このほか、国土交通省のウェブサイト「川の防災情報」ではダム情報・洪水情報・水防情報を逐次公開している。
洪水がもたらす恵み[編集]
洪水は人間の生活面や経済面に多くの破壊的影響を与える。しかし、小規模で頻度が高い洪水は特に利益をもたらす。例えば地下水を満たしたり、枯渇していた栄養分を補給して土壌を肥沃化したりする。こうした洪水による恵みで最も著名なものはエジプトのナイル川流域のものである。ナイル川下流域のエジプトでは7月中旬、エチオピア高原に降るモンスーンの影響で氾濫を起こすが、この洪水は水位の上下はあれど氾濫が起きないことはなく、鉄砲水のような急激な水位上昇もなく、毎年決まった時期に穏やかに洪水が起こった。そしてなによりも、この洪水は上流より肥沃な土壌を毎年ナイル河畔にもたらし、エジプトの豊かな農業生産を支えていた。この洪水の影響を調整するために文明が発達し、世界最古の文明であるエジプト文明が成立した。この洪水は19世紀末にいたるまでエジプトの経済を支えていたが、20世紀に入ると通年灌漑が可能となって逆に洪水はエジプト農業の障害となり、1970年のアスワン・ハイ・ダムの建設によってエジプトで洪水が起こることはほぼなくなった。また、ガンジス川下流域のバングラデシュにおいては洪水により例年のように被害が報告されるが、これは大規模すぎる洪水の場合であり、適度な洪水の場合は「ボルシャ」と呼ばれ、田畑に肥沃なシルトを運んできてくれる恵みの存在であると考えられている[18]。
乾燥地帯や亜乾燥地帯では、年間を通して降水量が不規則な中、非常に重要な水資源となる。淡水の洪水は、河川回廊の生態系を維持する重要な役目を持ち、流域の生物多様性を支える[19]。また、洪水による氾濫は湖や川などに非常に多くの栄養素を供給し、そして捕食者が少なく栄養素に富む氾濫原が産卵に適する事もあり、数年間にわたり漁獲量を高める効果もある[20]。ウェザーフィッシュのように洪水を使って生息域を広げる魚もいる。魚類だけでなく鳥類もまた、洪水によって引き起こされる利益を享受する[21]。
洪水防衛[編集]
また、特殊な用例として、戦争中に敵軍が侵攻してくることが避けられない場合、防御側が侵攻予測方向の堤防をみずから決壊させ、敵軍を食い止める防衛線とすることが行われることがある。洪水線と呼ばれるこの防御戦術を多用したのはオランダであり、1672年にオランダ侵略戦争が起きてフランス軍が侵攻し国土の大部分が占領されると、アムステルダム南東15㎞にあるマイデンの水門を開いて[22]ワール川からゾイデル海に達する幅平均5㎞、長さ80㎞に及ぶ細長い地域を冠水させ、フランス軍を足止めした[23]。この防衛線は長年計画されていたものであり、冠水地沿岸の要所要所には要塞が建設され、また冠水地はボートが使えない程度の深さに調整されており、進軍するには沼地の中を徒渉するよるほかなかった。この洪水線はフランス軍の進撃を足止めし、洪水線の内側にあたるホラント州への侵攻を食い止めることに成功した。しかし、1794年から1795年にかけての大陸軍の侵攻は寒波によって水面が氷結したため機能せず、その後2度にわたり洪水線計画は立案されたものの、実行に移されることはなかった。
また、中国においては過去に2度、黄河の堤防を決壊させることで洪水をおこし、南下する侵略軍の前進を食い止める作戦が実行された。最初にこの作戦が実行されたのは1128年であり、宋の将軍である杜充が金軍の南下を防ぐため、現在の河南省において黄河の南岸の堤防を決壊させた。これによって金軍の南下は食い止められたものの、多数の住民が濁流にのまれ、またそれまで渤海に注いでいた黄河の河道が南へ大きく遷って南の淮河に合流し、黄海へと流れ込むようになった[24]。2度目は日中戦争中の1938年であり、日本軍の南下を食い止めるために中国国民党軍がやはり河南省で堤防を爆破した(黄河決壊事件)。これにより多くの住民が濁流にのまれ、死者は500,000人から700,000人にのぼるといわれる20世紀有数の大水害となった。さらにこの作戦でも日本軍の南下を結局は食い止めることはできず、そのうえ黄河は再び淮河に合流して黄海に注ぐようになり、1947年に堤防の修復が完了するまでこの状態が続いた。
過去の洪水の一覧[編集]
戦後日本の死者・不明千人規模の水害[編集]
- 1945年(昭和20年)9月17日 - 9月18日 枕崎台風 死者2473名 行方不明1283名
- 1947年(昭和22年)9月14日 - 9月15日 カスリーン台風 死者1077名 行方不明853名
- 1953年(昭和28年)6月25日 - 6月29日 昭和28年西日本水害 死者759名 行方不明242名
- 1953年(昭和28年)7月17日 - 7月18日 紀州大水害 死者615名 行方不明431名
- 1954年(昭和29年)9月24日 - 9月27日 洞爺丸台風 死者1361名 行方不明400名
- 1958年(昭和33年)9月26日 - 9月28日 狩野川台風 死者888名 行方不明381名
- 1959年(昭和34年)9月26日 - 9月27日 伊勢湾台風 死者4697名 行方不明401名
日本国外における主な洪水災害[編集]
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- 1927年 - ミシシッピ大洪水( アメリカ合衆国)
- 1938年 - 黄河決壊事件( 中華民国)
- 1975年 - 板橋ダム決壊( 中国)
- 1993年 - アメリカ中西部大洪水( アメリカ合衆国)
- 2002年 - 2002年ヨーロッパ洪水( オーストリア・ クロアチア・ チェコ・ ドイツ・ ハンガリー・ ポーランド・ ルーマニア・ スロバキア)
- 2011年 - タイ大洪水( タイ)
世界史上における死者数の多かった洪水のリスト[編集]
世界史上において10万人以上の死者を出した洪水は、以下のものである。
死者数 | 洪水 | 場所 | 年 |
---|---|---|---|
2,500,000人–3,700,000人[25] | 1931年中国大洪水 | 中国 | 1931年 |
900,000人–2,000,000人 | 1887年黄河洪水 | 中国 | 1887年 |
500,000人–700,000人 | 黄河決壊事件 | 中国 | 1938年 |
231,000人 | ニーナ台風による板橋ダム決壊事故。洪水そのもので直接には86,000人が死亡し、洪水後の伝染病や食糧不足などで145,000人が死亡した。 | 中国 | 1975年 |
230,000人 | インド洋大津波 | インドネシアなどインド洋沿岸諸国 | 2004年 |
145,000人 | 1935年長江洪水 | 中国 | 1935年 |
100,000人以上 | 聖フェリックスの洪水 | オランダ | 1530年 |
100,000人 | ハノイおよび紅河デルタの洪水 | 北ベトナム | 1971年 |
100,000人 | 1911年長江洪水 | 中国 | 1911年 |
その他[編集]
最終氷期の終了後、1万2900年前から1万1500年前にかけて再び気候が寒冷化し亜氷期となったヤンガードリアス期が出現した理由の有力な仮説の一つに、大洪水が上げられている。北アメリカ大陸中央部には氷河の縮小とともに巨大なアガシー湖が広がるようになっており、ミシシッピ川を通ってメキシコ湾へと注いでいたが、氷床のさらなる縮小により現在のセントローレンス川にあたる水路が出現し、アガシー湖は決壊して北西の北大西洋に大量の淡水を一気に流し込んだ。この大量の淡水は海水に比べ比重が軽いため北大西洋の表面に広範に広がり、このためメキシコ湾流の北上と熱の放出がストップして熱塩循環が停止し、全世界の気候を狂わせて氷期を現出したとされる[26]。
砂漠においても洪水は発生する。これは、砂漠での降雨は集中的な降雨であることが多く、地面に植生がないため雨水を地表に一時的に貯留する機能がなく、砂漠の地表の高い浸透能をも越えた水量が地面に押し寄せるからである。こうした洪水は大きな被害をもたらすが、乾燥した地面に吸収されるため冠水時間は非常に短い。また、こうした洪水による地形は、砂漠において数多く分布し、砂漠の地形の重要な要素となっている。まず大量の流水が流れ下る河道はワジと呼ばれ、普段は涸れ川となっていて洪水時にのみ水が流れることがほとんどである。また、山岳の斜面にある緩やかな地形をペディメントと呼ぶが、ペディメントの下やワジの終末点には、バハダと呼ばれる洪水によって押し流されてきた礫で覆われた扇状地が広がる。そしてその下にはプラヤと呼ばれる粘土に覆われた平原が広がるが、この粘土も洪水時に上流から押し流されてきたものが堆積したものである。プラヤはしばしば洪水時には水で覆われ、一時的に湖となる。洪水時の水にはしばしば塩分が含まれており、洪水のたびに塩類が蓄積されていくため、プラヤはかなりの場合塩類平原(ソルト・パン)と呼ばれる塩で覆われた荒野となっている。
神話においては、かつて大洪水によって世界がほぼ滅び、生き残りによって現在の文明が再建されたという、いわゆる大洪水神話が世界各地に分布している。旧約聖書『創世記』における大洪水(ノアの方舟)もこの系譜に属する神話である。
苗字[編集]
由来は不明だが日本の名字の1つでもある。(明治新姓と思われる)
脚注[編集]
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関連項目[編集]
外部リンク[編集]
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