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唐紅 23

「さぁ 少しおやすみになってください」 
新たに枕を用意して、すべらかなシーツの上にわたくしを横たわらせてくれます。 
なにもまとわない姿のままで、わたくしの身体は羽布団に覆われてゆきました。
「お召し替えはお目覚めになってから、ご用意しておきますから」 
彼は肩先をぽんぽんとたたき・・・脱ぎ捨ててあった浴衣に手を伸ばしました。
「望月さん、あなたはおやすみにはならないの?」 
わたくしはもう少し・・いえこのまま彼といたかったのです。
「あちらのお部屋で・・・」 
昨晩わたくしを着替えさせた部屋を見やるのです。
「おねがい 一緒にいてくださらない」
「主に怒られます」
「おねがい ね・・・」
見上げる瞳を見つめて・・・彼は手にした浴衣を離しました。
そしてわたくしは彼の大きな胸に抱きしめられて、つかの間の眠りについたのです。
 
ざぁぁぁ・・・ 露天風呂の湯音でわたくしは眼を覚ましました。
どのくらい眠っていたのでしょうか? 
もう傍らには運転手はおりませんでした。
枕元には乱れ箱に初めて見るシャンパン・ベージュのサテンのランジェリーのセットと、バスローブが用意してありました。
窓辺は障子に閉ざされて、朝日は柔らかな光で室内を照らしておりました。
バスローブを羽織ると、一枚だけ障子と硝子戸を引き開けました。
部屋に籠る昨晩の名残が・・・朝日の中であまりに恥ずかしかったからです。
そうしてから乱れ箱を持ち、露天風呂に向かったのです。
 
30分後には濡れた髪はアップにしていたものの・・・昨晩ここを訪れた時と同じ装いに戻りました。
居間の側の襖を開けると、男性はワイシャツとスラックスの寛いだ姿で新聞を読んでいました。
「おはようございます」 
わたくしの声はすこしだけ・・・ハスキーになっていたようです。
「おはようございます。祥子さん、よく眠れましたか?」
「ええ」
「朝食は庭に用意してあるそうですよ。まいりましょうか」
男性は立ち上がると昨晩散歩に出たときと同じように、先に立って庭へと向かいます。
ヒールのパンプスを履き、踏み石づたいに後を追うとすぐそこに男性が佇んでおりました。
「どうなさいましたの?」
「祥子さん、僕は寝不足ですよ。彼とあんなに激しく・・・おかげで朝方まで眠れませんでした」 
ふふ・・と笑い声を潜めて言うのです。
「それは祥子さんも同じでしょうけれどね。次にお逢いするときにはこのお仕置きがあると覚悟していてください。もちろんお約束のプレゼントもね、またお逢い出来るのを楽しみにしていますよ」
 
「さぁ目覚ましの珈琲でもいかがですか 祥子さん」 
男性のシャツの背中が一瞬、朝日に白く光りました。


祥子からの手紙-6

こんばんわ、祥子です。
いまは行きつけの珈琲専門店で、キリマンジャロをいただきながらこの手紙をしたためております。
 
箱根を出たのはもうお昼をまわったころでした。
ゼニアのスーツの男性もわたくしも、昨晩このルートを走った時のままの姿で帰路に付きました。
車内の会話は和やかなものでした。
商談があるという男性を都心のホテルで下ろし、運転手さんはわたくしを自宅まで送ってくださいました。
 
箱根からの運転中、望月さんはやはりなにもおっしゃいませんでした。
わたくしの自宅の前で車を止めいくつかの荷物を・・・昨晩わたくしへのプレゼントだと彼と主が言っていたものを・・・おろすと一言だけ口にしたのです。
 
「また お逢い出来ますね」 と。
 
わたくしはただ黙って頷きました。
また、あのバーに行ってしまうのでしょうか。この次をあんな風に男性に予告されているというのに・・・
 
いまは、考えられません。
この珈琲の薫りのなかで、一時彷徨わせてくださいませ。
長い夜がやっと明けたのですから。
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