歌舞伎座、再開から3度目の夏 幸四郎、猿之助、勘九郎、七之助らが活躍する意欲作が揃う『八月納涼歌舞伎』観劇レポート~手塚漫画の新作歌舞伎も

レポート
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2022.8.10


2022年8月5日(金)、『八月納涼歌舞伎』が開幕した。コロナ禍を経て、3年ぶりの『納涼歌舞伎』だ。1日三部制(11時、15時、18時15分)で、各部ともに新作や上演機会の少ない作品を含む、意欲的なラインナップとなった。

■第一部 11時開演

新作歌舞伎『新選組(しんせんぐみ)』

手塚治虫の漫画が、初めて歌舞伎になった。主人公の深草丘十郎(ふかくさ・きゅうじゅうろう)を勤めるのは、中村歌之助。現在20歳で、歌舞伎座初主演舞台となる。歌之助の4歳上の兄・中村福之助は、親友の鎌切大作(かまぎり・だいさく)役で共演。丘十郎と大作は、同じタイミングで新選組に入隊して親しくなる。丘十郎は、父親の仇打ちを本願とするが……。

登場人物、テンポ感、漫画だからこそのユーモアさえ、歌舞伎の手法とアイデアで、舞台に立ち上げる。どの場面にも、遊び心とリスペクトが敷き詰められていた。同名漫画の歌舞伎化は、もともと中村勘九郎のアイデアだった。しかし勘九郎本人は、役のイメージよりも大人になってしまったため、歌之助を丘十郎に、福之助を大作に抜擢した。劇中では、勘九郎の近藤勇が、丘十郎と大作に新選組の羽織を与え、「隊のために尽くしたまえ」と告げる。若い2人の可能性に賭けて、作品を託す構図と重なって見えた。土方歳三役に中村七之助、庄内半蔵役に片岡亀蔵、さらに芹沢鴨役の坂東彌十郎、坂本龍馬役の中村扇雀が出演。一門の先輩俳優が演じるキャラクターたちが、丘十郎と出会い、手を差し伸べ、時に打ち据え、立ちはだかり、導く。

歌之助は、少年のような佇まいで、手塚作品の主人公らしい輝きをみせた。覚悟を決めた丘十郎が、花道でたすきを掛けるシーンは印象的だった。福之助の大作は、剣さばきが美しかった。親友を「丘ちゃん!」と呼ぶ声には、たしかな信愛があった。それが2人の物語の結末に余韻を生んでいた。中村橋之助の仏南無之介は、原作と同じく華と影をまとう。さらに、あり余るニヒルでオリジナリティも添える。中村鶴松はお八重を芯から捉え、中村虎之介は沖田総司を独特の軽やかさで演じた。脚本を手がけた日下部太郎は、役者の山崎咲十郎として、汁粉屋の亭主を勤めている。幕切れの丘十郎は、たすき掛けをした時とは異なる眼差しで花道を行く。新作の誕生と歌之助の熱演に、大きな拍手がおくられた。

『闇梅百物語(やみのうめひゃくものがたり)』

お化けだらけの納涼らしい舞踊劇。百物語とは、江戸時代に流行った怪談の会のことで、百本の蝋燭を灯し、一話終わるごとに一本消していく。舞台は、さる大名のお屋敷。美しい小姓・白梅(七之助)が、最後の蝋燭を消し、豪奢な広間の光が落ちると……。

そこからは、お化けたちのショータイムだ。モチーフはお化けでも、華やかな演奏やユーモラスな舞踊により、おどろおどろしさはない。虎之介の河童と橋之助の狸、中村種之助の傘のお化けの踊りは、小さな子が興味津々の様子だった。ただし「廓裏田圃の場」は一味ちがった。片岡千之助による可憐な新造のもとに、七之助の雪女郎はぼうっと姿を現す。静謐な美しさと恐ろしさは、江戸時代の絵師・円山応挙が描いた幽霊画のようだった。客席が息をのみ、空気がひんやりしたところで、大中小愛らしい骸骨が登場。勘九郎のもとで、長男・勘太郎と次男・長三郎が、プロ意識を感じさせる踊りで心を掴む。鶴松の姫が華を添え、一門に縁の深い興行の第一部が、桜満開の庭で賑やかに結ばれた。

■第二部 15時開演

『安政奇聞佃夜嵐(あんせいきぶんつくだのよあらし)』

出演は、松本幸四郎と勘九郎。自由民権運動が最盛期を迎えた明治17年、石川島監獄で2名の脱獄事件が起きた。ひとりは自由民権運動家、もうひとりは大久保利通暗殺に加わり終身刑となっていた士族だった。この事件をもとにして、時代を安政の大獄が起きた年に置き変えて作られたのが、『安政奇聞佃夜嵐』。初演は大正3年。古河新水(十二世守田勘弥)の原作を、今回は巖谷槇一脚色、今井豊茂の補綴・演出で上演する。

安政5年の冬、青木貞次郎(幸四郎)と神谷玄蔵(勘九郎)は、佃島の人足寄場にいた。2人は、盗みをはたらき、囚人となっているが、もとは御家人。盗んだ金を、水戸の攘夷党に送りたいと考えている。また、青木には親の仇討ちという志もあった。2人は脱獄を企てるのだった。

第二場は、「島抜け(脱獄)」と呼ばれる場面だ。大川(隅田川の下流)がダイナミックに広がり、舞台の上手には高い塀。その向こう側から、青木が顔を出す。無事に壁を越えると、続く神谷は、律儀に青木の伏線を回収しながら塀を越える。そして泳げない神谷を青木が背負い、川を渡っていく……。

いまの歌舞伎界の第一線をいく2人の、身体能力とユーモアが、壁を越えるだけの場面をコミカルでスリリングな見せ場にする。観劇前は、脱獄シーンが見どころのドタバタ脱走劇だと想像していた。しかしここから、ドラマは深まっていく。市村萬次郎の飯屋女房・お米が世話物としての色を濃くし、中村隼人の木鼠清次が2人の運命にさざ波を立てる。彌十郎の船頭義兵衛と中村米吉の女房おさよの人間味が、青木の情深さを引き出していた。幸四郎の青木は、肚が据わっており、他の囚人にはない存在感があった。神谷の悪事への迷いのなさは、ある意味ピュアでチャーミングに見えた。台本上は救いようのない悪人を、そうみせられる勘九郎にゾッとした。

コミカルな脱走劇、家族の泣き別れ、さらにハードボイルドでスリリングな対決へ、目が離せない骨太な世話物だった。

『澤瀉十種の内 浮世風呂(うきよぶろ)』

ニワトリの声が夜明けを知らせる。窓の格子の向こうから朝日が差し込み、朝もやにも似た風呂の湯気を照らし出す。舞台は「喜のし湯」という湯屋だ。赤いふんどしに、はんてんを羽織った三助・政吉(市川猿之助)が、客席から湧き上がる明るい拍手の中、開店の準備を始める。これが朝のルーティンなのだろう。迷いのない身のこなしが、見ているだけで心地が良い。そこへ娘のような姿のなめくじ(市川團子)が現れる。團子は、長い手足をしなやかさで個性に変えて、踊りにおさめる。目線には政吉への恋心が溢れていて、いじらしく愛らしいなめくじだった。

政吉は、あっさりと塩で対応。その後、弾むようなお座敷唄からしっとりとした地唄まで、絶え間ない展開を彩り豊かに踊って見せる。幕切れは、威勢よく押しかけてきた総入れ墨の若い者たちと鮮やかな立廻り。猿之助のさまざまな表情を一気に見られるお得な一幕かと思いきや、どの表情ももっと続きをみたくなる沼の入口のような演目だった。

■第三部 18時15分開演

『東海道中膝栗毛 弥次喜多流離譚(やじきたリターンズ)』

3年ぶりに歌舞伎座で上演される、幸四郎と猿之助のコンビの人気シリーズだ。弥次さんと喜多さんが珍道中を繰り広げる、ということ以外は何を書いてもネタバレになるネタだらけの新作。ネタバレに慎重な方は、読まずに迷わず劇場へ向かってほしい。

序幕は、義太夫の語りではじまり、どこかで見た景色が広がる。侘れた孤島の、見覚えあるほったて小屋。その裏から、流人のように変わり果てた弥次さんが現れる。嘆き悲しむ台詞回しは義太夫狂言だが、とぼけた顔にクスクスと笑いがおきていた。そこへ喜多さんが、海女をはべらせご機嫌に登場する。役者が登場するたびに、待ってましたと拍手が起きていた。

そんな中、髑髏の海賊旗を掲げた大きな船がやってくる。海賊……漂流……それぞれに思うところのある弥次さんと喜多さんは、日本に帰ることを決意。そして行きつく長崎では、ザブエル(市川門之助)の娘・オリビア(市川染五郎)に、さらに山崎街道では次右衛門(市川猿弥)の娘・お夏(團子)に出会い、皆で木挽町歌舞伎座を目指すことになる。

過去のバイト経験を生かした笑いがあったり、見覚えのある商店(店長は市川寿猿。92歳)の前で、不良になった伊月梵太郎(染五郎)と五代政之助(團子)と再会したり。過去のシリーズを知ると、より楽しい要素がある。一方、これまでと違うのは、染五郎と團子の奮闘ぶりだ。女方と立役を、数えきれないほどの早替りで勤めていた。コミカルな掛け合いも、きっちりと喜劇のお芝居としてみせて楽しませる。後半の見どころは、総長シー子(坂東新悟)、親衛隊長タカミ(中村鷹之資)、旗持ちオタマ(中村玉太郎)が率いる鬼羅女姫組(きらめきぐみ)との踊り比べだ。染五郎と團子がエネルギッシュにバトルの火ぶたを切り、新悟のソロ、鷹之資を中心とした艶やかで勢いのある踊りが観る者を魅了。幸四郎、猿之助も洒脱に楽しませ、大いに盛り上げた。歌舞伎俳優たちが、舞踊の格好良さを見せつけた。

大詰めは、隼人が人気歌舞伎俳優・芳沢綾人となり、市川笑三郎がゴージャスなドレスを普段着のごとく着こなし、市川笑也がいまや持ち役の神々しさで出番となる。パロディ、ケレンがてんこ盛りの中、ド直球の芝居愛が投げ込まれ、歓喜に満ちた喝采の中で幕となった。

終演後、「コロナ禍を忘れさせるって、こういうことですね」との声を聞いた。コロナ禍の前後によらず、物語の世界観に深く引き込まれ、現実を忘れる体験は数々あった。しかし、技術に支えられた熱量と圧倒的な情報量が押し寄せてきて、現実の色々がアタマの外に弾き飛ばされるタイプの“現実を忘れる”は、久しぶりに思われた。コロナ禍による多くの制限をひとつずつクリアし、折り合いをつけながら至った今だからこその、感慨だ。緊急事態宣言後の再開から3回目の8月。今月から客席は、ほぼ100%の収容人数で販売している。『八月納涼歌舞伎』は、30日(火)までの公演。

取材・文=塚田史香

※公演が終了しましたので舞台写真の掲載を取り下げました。

公演情報

『八月納涼歌舞伎』
日程:2022年8月5日(金)~30日(火) 休演:10日(水)、18日(木)
会場:歌舞伎座
 
【第一部】午前11時~

手塚治虫 原作 日下部太郎 脚本
一、新選組(しんせんぐみ)

深草丘十郎:中村歌之助
鎌切大作:中村福之助
近藤勇:中村勘九郎
土方歳三:中村七之助
仏南無之介:中村橋之助
沖田総司:中村虎之介
娘八重:中村鶴松
庄内半蔵:片岡亀蔵
芹沢鴨:坂東彌十郎
坂本龍馬:中村扇雀


三世河竹新七 作
二、闇梅百物語(やみのうめひゃくものがたり)

骸骨/読売:中村勘九郎
傘一本足:中村種之助
河童:中村虎之介
小骸骨/読売:中村勘太郎
小骸骨/読売:中村長三郎
籬姫:中村鶴松
新造:片岡千之助
狸:中村橋之助
小姓白梅/雪女郎:中村七之助

【第二部】午後3時~
古河新水 原作 巖谷槇一 脚色 今井豊茂 補綴・演出
一、安政奇聞佃夜嵐(あんせいきぶんつくだのよあらし)
佃島寄場島抜けより甲州金鉱洞穴まで
 
青木貞次郎:松本幸四郎
神谷玄蔵:中村勘九郎
おさよ:中村米吉
木鼠清次:中村隼人
上州屋倅半次郎:中村玉太郎
三好野亀次郎:市川猿弥
元締宇野与兵衛:澤村由次郎
飯屋女房お米:市村萬次郎
おさよの父義兵衛:坂東彌十郎

木村富子 作
二、澤瀉十種の内 浮世風呂(うきよぶろ)
 
三助政吉:市川猿之助
なめくじ:市川團子

 
※「澤瀉屋」の「瀉」のつくりは、正しくは“わかんむり”です

【第三部】午後6時15分~
十返舎一九 原作より 杉原邦生 構成 戸部和久 脚本 市川猿之助 脚本・演出
東海道中膝栗毛
弥次喜多流離譚(やじきたリターンズ)
本水にて大滝の立廻りならびに宙乗り相勤め申し候
 
弥次郎兵衛:松本幸四郎
総長シー子:坂東新悟
子分ジャック:大谷廣太郎
芳沢綾人
:中村隼人
旗持ちトラ:市川男寅
親衛隊長タカミ:中村鷹之資
旗持ちオタマ:中村玉太郎
伊月梵太郎/娘オリビア:市川染五郎
五代政之助/娘お夏:市川團子
下剃虎奴:市川青虎
家族商店店長寿知喜:市川寿猿
特攻隊長ムネ:澤村宗之助
海賊王ジョニー・テープ:松本錦吾
緑婆奈々夫人:市川笑三郎
天照大神:市川笑也
父次右衛門:市川猿弥
釜掛之丞:片岡亀蔵
ザブエル:市川門之助
副支配人つる紫:市川高麗蔵
喜多八:市川猿之助
 
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