名作『寿曽我対面』『連獅子』『井伊大老』から『忠臣蔵』のスピンオフ、『神の鳥』まで! 歌舞伎座『吉例顔見世大歌舞伎』観劇レポート
『吉例顔見世大歌舞伎』
2021年11月1日(月)~26日(金)まで、歌舞伎座で『吉例顔見世大歌舞伎』が上演されている。江戸時代、歌舞伎役者は1年契約でお芝居に出演していた。その節目の月だった11月の興行は「顔見世」と呼ばれ、出演者が顔を揃え、注目される公演だった。ドラマチックで味わい深い第一部、躍動感と格式の第二部、勢いに溢れる第三部をレポートする。
■第一部 午前11時開演
一、神の鳥
舞台は、紅葉が鮮やかな出石神社。社殿の前で、赤松満佑(中村東蔵)の天下のっとりを祈念する宴が開かれ、傾城柏木(上村吉弥)、仁木入道(中村種之助)たちが集う。頭上の鳥かごには、コウノトリが捕まっている。神聖な鳥の肉を食べれば寿命がのびるという言い伝えから、満佑に献上されたのだ。この日は、仏教の教えに従い殺生を慎む放生会。しかし一同は、ためらうことなく誰が鳥を調理するか話し合いをはじめる。そこに、どこからともなく狂言師の夫婦、右近(片岡愛之助)と左近(中村壱太郎)が現れて……。
愛之助と壱太郎は、柔らかく艶やかな踊りで、吉弥と種之助は、歌舞伎らしい華のあるおかしみで楽しませる。東蔵の満佑は、天下を狙う悪人だ。役それぞれの個性に加え、悪人にも善人(鳥?)にも、ふわりとした愛らしさがあり、おとぎ話のような独特の世界。設定にも演出にも、古典のアイデアがふんだんに詰め込まれていた。
本作は、兵庫県豊岡市にある近畿最古の芝居小屋「出石永楽館」で上演するために、水口一夫が書きおろし、愛之助、壱太郎らによって2014年に初演、18年には再演を果たした。ラストの山中鹿之介幸盛(愛之助)の大迫力は永楽館の客席でも見てみたい。
二、井伊大老 千駄ヶ谷井伊家下屋敷
安政の大獄の断行で知られる大老・井伊直弼は、安政7年3月3日に、桜田門外の変で暗殺された。「千駄ヶ谷井伊家下屋敷」の場では、その前夜の直弼と愛妾・お静の方のひと時が描かれる。直弼を勤めるのは、松本白鸚。お静の方に中村魁春、仙英禅師に中村歌六、老女・雲の井に市川高麗蔵という配役。
井伊家の下屋敷の庭に、桃の花が咲いている。衝立がおかれ、直弼が詠んだ和歌がしたためられている。直弼との間に授かった亡き娘の一周忌。回向をしたお静の方は、仙英禅師を相手に、直弼が屋敷に顔をみせないことを拗ねたようにこぼしつつ、直弼と暮した日々を愛おしそうに振り返る。旧知の仲の仙英禅師は、あたたかくその話を聞いていたが、衝立の和歌に気がつくと、表情を変える。まもなく直弼がやってくると、行き違いで仙英禅師は「一期一会」の言葉を残し、屋敷を去る。日が暮れるころ、雲の井が雪が降り始めたことを知らせるのだった。
“井伊大老”は国のために悪役となり、自ら死ぬことさえできない身。大老としての風格と苦悩を、ひとりの人間である直弼の面から、白鸚が浮き彫りにする。魁春のお静の方は、直弼の孤独に寄り添い、支える。直弼がお静の方を抱き寄せて、目を閉じ、かつてを懐かしみ来世に思いを託すとき、お静の方はまっすぐ遠くを見据えていた。朱の色が映える雛飾りを背に、あたたかい灯りに包まれた最後の夜をそっと掬い上げるような一幕。静かに緞帳がおりると、名残り惜しむような拍手が続いた。
■第二部 午後2時30分開演
一、寿曽我対面
2015年に惜しまれつつ他界した十世坂東三津五郎の、七回忌追善狂言となる『寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)』。十代目三津五郎として襲名披露興行で勤めた曽我五郎役を、今回は長男の坂東巳之助が初役で勤める。
工藤祐経(尾上菊五郎)が、富士の巻狩りの総奉行という立派な役職に抜擢された。工藤の館で、その祝宴が開かれている。工藤は、近江小藤太(河原崎権十郎)、八幡三郎(坂東彦三郎)、秦野四郎(中村萬太郎)らを従え、小林朝比奈(尾上松緑)、梶原景時(市川團蔵)、梶原景高(坂東亀蔵)ら大名を迎える。傾城・大磯の虎(中村雀右衛門)と化粧坂少将(中村梅枝)も列座する。ここで朝比奈は、前から頼んでいたふたりの若者に会ってほしいと、工藤に申し出る。そして呼び込まれたのが、曽我十郎(中村時蔵)と曽我五郎(巳之助)の兄弟だった。兄弟の死んだ父親の敵こそが、工藤だった……。
(写真)第二部『寿曽我対面』(前方)右より、近江小藤太=権十郎、工藤左衛門祐経=菊五郎、八幡三郎=彦三郎、秦野四郎=萬太郎、大磯の虎=雀右衛門、曽我十郎祐成=時蔵、曽我五郎時致=巳之助、化粧坂少将=梅枝、小林朝比奈=松緑、鬼王新左衛門=左團次、(後方)右より、梶原平三景時=團蔵 、梶原平次景高=坂東亀蔵/(C)松竹
菊五郎の舞台でおなじみの俳優たちは、役の個性を発揮しながら鮮やかにバトンをつなぎ盛り立てる。雀右衛門の大磯の虎は格調高い艶やかさで、梅枝は古風な瑞々しさで華を添える。後半に重要アイテムをもって登場する鬼王新左衛門には、市川左團次がキャスティングされ、隅々まで頼もしい顔ぶれだ。
時蔵と巳之助よる曽我兄弟が揚幕から現れると、大きな拍手で迎えられた。巳之助は、その拍手や化粧声を押し返すほどの気迫を漲らせる。荒ぶる五郎でありながら、声も身体も伸びやかに、美しく形をきめていく。時蔵の十郎は、今にも斬りかからんとする五郎を、芯のある柔らかさで押しとどめる。松緑の朝比奈は、大胆で華やか。兄弟に向けるまっすぐな眼差しが印象的だった。菊五郎の工藤もまた、敵役の凄みをもちながら、五郎を懐深く受け止める。本作は「様式美を楽しむ演目」と言われることが多いが、菊五郎の惚れ惚れとする台詞まわしと美しさが、様式を超えて人間ドラマをみせた。富士をのぞむ幕切れに万雷の拍手。涙をおさえる人の姿は1人2人ではなかった。
二、連獅子
親子の共演は多いが、本興行で祖父と孫の『連獅子』は、仁左衛門と千之助のみ。また仁左衛門は、本興行で最高齢の77歳での親獅子の精となる。
松羽目の舞台に、狂言師の右近(後に親獅子の精。片岡仁左衛門)と左近(後に仔獅子の精。片岡千之助)が現れる。手に紅白の獅子をかまえ、天竺の清涼山の空気を舞踊で伝える。そして、親獅子が仔獅子を谷底に突き落とす逸話を描き出す。
終始、清らかな緊張感に包まれていた。華やかな演奏の中、仁左衛門は絶え間ない美しさで客席を圧倒し、仔獅子には惜しみない愛情を注ぐ。仔獅子を谷へ落とす時、その帰りを願う時、駆け上がってきた時、蝶と戯れ心が和らぐ瞬間まで、一つひとつの変化が台詞のように語りかけてくる。21歳の千之助は、体力では有利に違いないが、仁左衛門に食らいつかんと体を高く弾ませる。その姿は、無邪気で健気な仔獅子らしさにも、祖父とともに舞台に立つ千之助自身の喜びにも見えた。
間狂言「宗論」は、法華僧日門を中村又五郎、浄土僧専念を市川門之助という厚みのある配役。後半は、右近と左近が獅子の精霊となり、長い毛を振り勇壮に踊る。ダイナミックでエネルギッシュな振りが話題となる演目だが、仁左衛門の獅子の精は、不思議な力で毛がなびいているようかのだった。霊獣とは、こういうものかもしれない。ふたりの優美な毛振りは勢いを増し、喝采のうちに幕となった。
■第三部 午後6時開演
花競忠臣顔見勢
47人の赤穂浪士が吉良邸に討ち入り、主君の仇を討ったのは12月14日。今回の『花競忠臣顔見勢(はなくらべぎしのかおみせ)』は、『仮名手本忠臣蔵』の世界の、12月11日から討ち入り当日までの4日間が題材となる。タイトルのとおり、主要な役は若手花形俳優が競い合うように勤める。
※序幕の一部ネタバレを含めレポートします。ご注意ください。
序幕は、『仮名手本忠臣蔵』らしい演出で幕が開くと、そこは鶴岡八幡宮。
足利直義(坂東新悟)のもとに、高師直(市川猿之助)、桃井若狭之助(松本幸四郎)、塩冶判官(中村隼人)が控え、判官の妻・顔世御前(尾上右近)が新田義貞の兜を確認するべく、呼び出されている。ここで顔世に横恋慕する師直と若狭之助の間に、いさかいが起こる。このケンカが発端となり、判官が巻き込まれ、松の廊下の事件が起こり、47人の運命が一転する……というのがオーソドックスな『忠臣蔵』だ。しかし本作ではここで若狭之助が刀を抜く! 斬る! 話がはやい!(どうなるの?)
……からの鮮やかな舞台転換で、第二場の若狭之助の館へ。
家老・加古川本蔵の手紙を携えて、娘の小浪(中村米吉)が若狭之助を訪ねてくる。小浪は、大星由良之助(中村歌昇)の長男・大星力弥(中村鷹之資)の許嫁だ。手紙には、本蔵の父親としての本心が書かれていた。
かわって、稲生川の川端。赤垣源蔵(中村福之助)は、最後の盃をかわそうと兄を訪ねたが留守だった。事情を明かせない源蔵は、兄嫁のおさみ(市川笑也)にも気丈にふるまい、笑顔で形見の徳利を託す。その心中を察するのは、同じく義士となる龍田新左衛門(大谷廣太郎)。忠義のために心残りをのみ込んで、ふたりは駆け出していく。
一方、判官に先立たれた顔世御前は、葉泉院(右近)と名前を変えて、戸田の局(猿之助)とともに実家の屋敷で暮らす。そこを訪ねてきたのは由良之助だった。仇討ちの話を期待する葉泉院に、由良之助は、命が惜しいから仇討ちはせず町人になる。短慮は良くない、と言い出す。葉泉院は戸惑い憤り、戸田の局も本心を問いただすが……。
「七段目」をはじめ、本心を隠すエピソードは『忠臣蔵』に多く見られる。本作では、別の角度から義士たちの人間らしい葛藤や心残り、さらに小浪や葉泉院、この後登場するお園といった、残された側の人物たちにも光を当てる。
そして14日夜、高家の隣家、旗本・槌屋主税(隼人)の座敷では、侍女で新左衛門の妹・お園(新悟)が箏を奏でている。そこへ河瀬六弥(中村歌之助)が俳人の晋其角(市川猿弥)を連れてくる。仇討ちを期待し、応援する気持ちでいっぱいの主税は、お園や其角に討ち入りの噂を聞いていないか、話をふる。しかし其角によれば、昼間に会った大鷲文吾(右近)に、討ち入りの考えはなかったという。その証拠の句をみせられた主税は、ひとり考え始めるのだった。そこへお園が、武士の娘としての覚悟をもって現れる。これを引き止めた主税は、ふと句の意味に気がつく。
その時、塀の向こうから、箏や和歌を好む好事家の屋敷に似つかわしくない、荒々しい物音が聞こえてくる。さらに文吾が颯爽と現れる。討入りが始まった。高家の庭では、ただものではない風格の剣客・清水大学(幸四郎)と、輝くような初々しさの力弥(鷹之資)が剣をまじえ、義士と高家の侍たちも、剣戟を鳴り響かせる。雪の中の立廻りは、儚さに裏打ちされた美しさがあった。
河竹黙阿弥による先行作品『四十七刻忠箭計』(通称『十二時忠臣蔵(じゅうにときちゅうしんぐら)』)にならい、外伝物や実録ものを綯い交ぜにした構成。全段のダイジェストとは異なるアプローチで、『忠臣蔵』の世界に新しい血を通わせる。幸四郎と猿之助が、脇役につく異色の配役については、「今回は涙をのんで脇に回り若手を支える」と事前にコメントが発表されていた。言葉通りふたりは脇に回りつつ、時には脇からでも段違いの存在感で場をさらう。その勢いにのまれまいと、歌昇をはじめとした花形俳優たちは、自身の持ち味を存分に発揮し、登場人物たちを印象付けた。
終盤には、コロナ禍の苦境の中で幸四郎が立ち上げ、猿之助も参加した『図夢歌舞伎 忠臣蔵』に思いを重ねる台詞も混ぜつつ、これからの時代の歌舞伎に希望を感じさせる充実の内容。晴れやかな幕切れに、熱い拍手が送られた。
歌舞伎座『吉例顔見世大歌舞伎』は、2021年11月1日(月)から26日(金)まで。今月も、客席収容率は50%におさえた公演となっている。
取材・文=塚田史香
※公演が終了しましたので舞台写真の掲載を取り下げました。
公演情報
■会場:歌舞伎座
一、神の鳥(こうのとり)
二、井伊大老(いいたいろう)
千駄ヶ谷井伊家下屋敷
一、寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)
二、連獅子(れんじし)
顔世御前後に葉泉院/大鷲文吾:尾上右近