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「関東大震災で朝鮮人虐殺はなかった」とみなす人々の“奇っ怪なロジック”を内田樹が暴く [請安息吧★]

1 :請安息吧 ★ [US]:2023/09/23(土) 11:43:16.19 ID:eImTgOo09.net
〈批判するのでもなく、愚弄するのでもなく…内田樹がLGBT問題を“ゆるい合意”から始めるべきと考える“納得の理由”〉 から続く


「オルタナティブ・ファクト」(代替的事実)、「ポスト真実の政治」という言葉が世界を席巻する時代、私たちは自国の歴史とどう向き合うべきなのか? 新著『 街場の成熟論 』が話題の内田樹氏が語る、今こそ司馬遼太郎から得るべき学びとは。

朝鮮人虐殺は公文書で確定されている歴史的事実
「関東大震災で朝鮮人虐殺はなかった」とみなす人々の“奇っ怪なロジック”を内田樹が暴く

――関東大震災から100年をむかえた本年、朝鮮人虐殺について松野官房長官が「政府内で事実関係を把握できる記録が見当たらない」と発表したことに衝撃を受けました。

内田 官房長官の発言は、小池都知事の追悼文送付拒否と並んで、「オルタナティブ・ファクトの時代」を典型的に象徴するものだと思います。

 小池都知事は虐殺犠牲者を悼む式典への追悼文を2017年以降送っていませんが、その理由を問われて、「何が明白な事実かについては、歴史家がひもとくものだ」「様々な見方がある」という言い方をして、歴史に向き合うことの政治責任を放棄していますが、これは公人には許されないことだと思います。

 関東大震災での朝鮮人虐殺で「様々な見方」があるのは「正確な死者数」についてであって、朝鮮人虐殺の事実そのものの存否については「様々な見方」などありません。「朝鮮人虐殺があった」ということは、内閣府の専門調査会報告書や、当時の警察の記録も残っていて、公文書で確定されている歴史的事実です。これを「明白な事実ではない」とすることは公文書を「捏造」と言い立てるようなものです(そういうことをしてそのまま国会議員に居座っている人がいますが)。

歴史家が確定できるのは「蓋然性の高い事実」だけ
 それに何よりも、歴史家の仕事は「明白な事実」を確定することではありません。タイムマシンで過去に遡れない以上、そこで何があったのかを全員が認める客観的事実として提示することは歴史家にもできません。「私はその場にいて、それを見た」という人たちの証言にしても、断片的であることはまぬかれないし、記憶違いもあるだろうし、あるいは端的に嘘をついている場合もあります。ですから、歴史家が確定できるのは「明白な事実」ではなく、「蓋然性の高い事実」だけです。「そうであった可能性がきわめて高い過去の事実」について以上のことは歴史家も語ることはできません。それをあたかも歴史家は「明白な事実」を確定できるはずだが、それができていないという方向に話にずらしてゆくと、実は朝鮮人虐殺などなかったのかも知れない……という歴史修正主義に道を開くことになる。

 歴史家の仕事ではないどころか、誰にもできない仕事を歴史家の責任におしつけておいて、それができていない以上、歴史について語ることそれ自体を公人はすべきではないというこの奇怪なロジックは、歴史学に対する許し難い侮辱だと思います。

次ページは:論理的に思考する能力があれば…

続きは下記リンク先を


9/23(土) 11:12配信  文春オンライン
https://news.yahoo.co.jp/articles/79e737a43eb01914769e4f5676b48f46d8d9fd84

2 :名無しさん@お腹いっぱい。 [KR]:2023/09/23(土) 11:45:11.93 ID:Awkj4woJ0.net
我思う、故に我在り

3 :名無しさん@お腹いっぱい。 [UZ]:2023/09/23(土) 11:50:06.73 ID:AZvqDypk0.net
それより朝鮮人による略奪や暴動はあったのか

4 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/09/23(土) 11:50:43.44 ID:U3RFOhrY0.net
>>1
只一つの事実は
当時李承晩に命令された朝鮮人独立運動家が日本の各地で爆弾テロを行っていた
日本人の間に「社会不安」が増大していた世相
朝鮮人への偏見は朝鮮人自らが増大させていた
この事実を左翼はみな無視している

5 :名無しさん@お腹いっぱい。 [KR]:2023/09/23(土) 11:51:03.19 ID:bUA+JTAg0.net
関東大震災時に朝鮮人不法難民が大暴れした事件
当時朝鮮から日本に大量の朝鮮人密入国者が入り込んでいたが
朝鮮にはあのことわざ「川に落ちた犬は棒で叩け」がある
大混乱の日本をみてチャンスだと一斉蜂起
だが即警官に鎮圧され留置場送り、その後朝鮮に送り返された
日本にしたらいい迷惑な話だが戦後その話が180度入れ替わって虐殺事件になった

6 :名無しさん@お腹いっぱい。 [BR]:2023/09/23(土) 11:53:07.22 ID:4yYkx8m+0.net
嘘も突き通せば真実になるんだな、韓国人はやっぱ日本から駆除しないとな

7 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/09/23(土) 11:54:33.97 ID:RQiYKVWL0.net
証拠がなければ、法治国家としては認められないよな。

8 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/09/23(土) 12:12:20.15 ID:K8ySz5Kc0.net
有給の申請理由で「私用」は駄目だってほざく会社なのでコレ書いた(通った)→意外とまだこう言う会社が多いらしい
https://jkilo.morganvenable.com/0923/s93iwr.html

9 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/09/23(土) 12:13:08.41 ID:8O2IMNsj0.net
>>1 どこぞの
反日虚偽捏造ロジックのほうが戦略的、
自己都合で自らの他国への
虐殺先に言わず主張する偏向は何のためなのか。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。 [JP]:2023/09/23(土) 12:15:23.90 ID:ozjHEtZN0.net
>>1
チョン共がドサクサに紛れて暴動を起こそうとして制圧されただけだろpgr

11 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/09/23(土) 12:16:53.11 ID:j6SKGEcR0.net
半島なんぞ併合したのはバカらしいことだ

12 :名無しさん@お腹いっぱい。 [ニダ]:2023/09/23(土) 12:22:43.67 ID:Tq+/3eYq0.net
あっても無くてもどっちでも良い

朝鮮人が井戸に毒を入れた

嘘だろうが事実だろうが
「アイツらならやりかねない」
という状態だったことが事実

台湾人など他国の人もいたのに
「朝鮮人だけ」というのがポイント

つまりは自業自得でしかないのよ

13 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/09/23(土) 12:27:05.64 ID:xrvOUtPR0.net
「関東大震災で朝鮮人は井戸に毒入れなかった」とみなす人々の“奇っ怪なロジック”

14 :名無しさん@お腹いっぱい。 [CN]:2023/09/23(土) 12:29:27.86 ID:BbDDIW1A0.net
内何とかという人は怪しい。
知り合いの女性アナウンサーも急に亡くなるし。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/09/23(土) 12:34:16.55 ID:eIwTDZeV0.net
ハゲは電気を使うな

16 :名無しさん@お腹いっぱい。 [CN]:2023/09/23(土) 12:40:39.27 ID:wXpfvFYi0.net
証拠もないのにあったあったと喚く奇怪なロジック

17 :名無しさん@お腹いっぱい。 [FR]:2023/09/23(土) 13:13:56.90 ID:uTpk9Hbr0.net
一次資料で朝鮮人の被害者が居たのが確実なのなら、人数に拘らず謝罪すべきだと思うけどな。
俺たちのした事じゃないけど、曾祖父さん辺りの世代が関わっているんだろうな。
でも必ずその後に金の話になるのが嫌だ。

18 :名無しさん@お腹いっぱい。 [GB]:2023/09/23(土) 13:41:42.74 ID:VipcIVfv0.net
不逞鮮人の記事はウソで、虐殺についての鼻くそみたいな小さな記事はほんとうだと。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。 [FR]:2023/09/23(土) 13:47:33.64 ID:uTpk9Hbr0.net
一次資料で朝鮮人の被害者が居たのが確実なのなら、人数に拘らず謝罪すべきだと思うけどな。
俺たちのした事じゃないけど、曾祖父さん辺りの世代が関わっているんだろうな。
でも必ずその後に金の話になるのが嫌だ。

20 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/09/23(土) 13:59:17.65 ID:mDbDZ/XI0.net
結局、どう考えてもこの人物が死んだのは虐殺にあったとしか
思えないという事例はどれくらい挙げられるの?

今日、らんまんのまとめ放送見てたら、
自警団が暴走気味みたいなこと言ってたけど
ただのフィクションドラマでいいのかな。

てっきり、このへんで仙人が、殺されているというネタが
来るのかと思っていました。

21 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/09/23(土) 14:08:23.16 ID:xr1ZUvay0.net
虐殺とやらを伝える生き残りがいたのに
その後も次々日本に朝鮮人が押し寄せる怪奇現象

22 :名無しさん@お腹いっぱい。 [ニダ]:2023/09/23(土) 14:50:32.98 ID:kPxP0f7o0.net
どっかの地方で一件あったようなものを大震災で死んだ何万人を虐殺したことにしたいんだろう

23 :名無しさん@お腹いっぱい。 [GB]:2023/09/23(土) 15:12:58.24 ID:d+9IyCxt0.net
親をこ○された、親戚を○ろされたって人は居たのかな

24 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/09/23(土) 16:24:50.65 ID:CEj/AQdn0.net
まーた関東大震災で朝鮮人虐殺とかいう「デマ」流してんのか

25 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/09/27(水) 22:27:10.64
「関東大震災で朝鮮人暴動はなかった」と主張するチョンの“奇っ怪なロジック”

26 :名無しさん@お腹いっぱい。 [ニダ]:2023/09/24(日) 12:29:34.67 ID:nXCd8ATj0.net
現代において常任理事国のロシアが一方的にウクライナを侵略し
多くの無実のウクライナの人達が亡くなり、
中国はチベットやウイグルの人達の人権を蹂躙して
ジェノサイドだと欧米から批判されても止めないのに、
100年も昔の帝国主義全盛の時代のことを持ち出して大騒ぎする日本人か、
某国系の人達か、とにかくそういう人達って何なんだろうね

27 :名無しさん@お腹いっぱい。 [ニダ]:2023/09/24(日) 12:34:21.25 ID:nXCd8ATj0.net
日本が戦争始めた時は文字通り世界で孤立したけど、
ロシアや中国は同盟関係を強化しその両国をいまだに支持する国も多いし、
むしろ勢力を拡大して中には武器の支援までする国もある
その状況が現在進行形で起きてるのに、
ひたすら日本の過去に固執して誹謗中傷するばかりで、
本人は正義のつもりだとしても病んでるようにしか思えないわ
左翼小児病こじらせすぎ

28 :名無しさん@お腹いっぱい。 [ニダ]:2023/09/24(日) 12:38:35.09 ID:nXCd8ATj0.net
慰安婦問題では敵国だったアメリカの教授が、
韓国の主張の誤りやウソを検証して公表してるのに、
日本のメディアは韓国のウソを垂れ流すだけで日本の為には何もしないし、
挙句に今度は慰安婦よりさらに前の関東大震災の事まで言い始めて呆れる
いい加減に恥を知れと
某国系には恥の概念が無いみたいだが

29 :名無しさん@お腹いっぱい。 [TR]:2023/09/25(月) 07:40:32.12 ID:mObZtIdj0.net
日本漁民を大虐殺💀した超汚染塵がどの糸目パンストエラハリ面(つら)下げて被害者ぶってんだ?
超汚染塵は日本に対しても二日市保養所の悲劇、竹林ヨーコ、戦後間もない頃の、在日超汚染塵進駐軍の暴力、竹島侵略、日本民間人を44名射殺🔫(遺体回収数)、行方不明者多数、3千名以上を拷問監禁、人質強迫外交・・・。
超汚染塵こそ日本にも牙をむく戦争犯罪国だろ。
超汚染塵の分際で被害者ぶるなよ!
超汚染塵共を殺せ!消し去れ!!殲滅せよ!!!
舌を抜け、皮を剥げ、四肢と胴体を切断せよ 五臓六腑を引きちぎれ🔪
超汚染塵どもが日本の水道水に毒🍄を入れる前にkill all gooks on the earth
神國日本に居座る超汚染塵どもを福一デブリに叩き落とせ
Drop Dead 'Unko'rean
Go to hell ,6cm dicks
不逞鮮人よライダイハンを忘れるなRemember LaiDaiHan
http://o.5ch.net/1ymoq.png
ゴキちょん🪳🪳🪳どもにツィクロンBを散布せよ除鮮滅鮮消鮮避鮮殺鮮屠鮮殺せ
コロセ消し去れ抹殺せよ

30 :名無しさん@お腹いっぱい。 [ニダ]:2023/10/06(金) 00:23:50.61 ID:3d4T+Mgz0.net
俺はずっとお前を守ってきたつもりだった。最初は妹のようだと思って守ってきた。だが・・・いつの間にか好きになってた。妹とかそういうのじゃなくて・・・○○(主の名前で)、愛してる

31 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/10/08(日) 18:50:47.21
「関東大震災で朝鮮人虐殺はなかった」とみなす人々の“奇っ怪なロジック”
                       ↓
「関東大震災で朝鮮人暴動はなかった」とみなす人々の“奇っ怪なロジック”
                       ↓
「関東大震災で朝鮮人放火はなかった」とみなす人々の“奇っ怪なロジック”
                       ↓
「関東大震災で朝鮮人襲撃はなかった」とみなす人々の“奇っ怪なロジック”
                       ↓
「関東大震災で朝鮮人略奪はなかった」とみなす人々の“奇っ怪なロジック”
                       ↓
「関東大震災で朝鮮人強盗はなかった」とみなす人々の“奇っ怪なロジック”
                       ↓
「関東大震災で朝鮮人強姦はなかった」とみなす人々の“奇っ怪なロジック”
                       ↓
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

32 :名無しさん@お腹いっぱい。 [KR]:2023/10/08(日) 20:21:14.94 ID:au8YX0bl0.net
おい、ちょっとこっち来いや

33 :名無しさん@お腹いっぱい。 [ニダ]:2023/10/15(日) 10:19:29.11 ID:aN57DEpB0.net
関東大震災の日は日本で初めて火事場泥棒が行われた日だな

34 :名無しさん@お腹いっぱい。 [CN]:2023/10/26(木) 09:44:30.65 ID:h8a6u4iI0.net
日本漁民を大虐殺💀した超汚染塵がどの糸目パンストエラハリ面(つら)下げて被害者ぶってんだ?
超汚染塵は日本に対しても二日市保養所の悲劇、竹林ヨーコ、戦後間もない頃の、在日超汚染塵進駐軍の暴力、竹島侵略、日本民間人を44名射殺🔫(遺体回収数)、行方不明者多数、3千名以上を拷問監禁、人質強迫外交・・・。
超汚染塵こそ日本にも牙をむく戦争犯罪国だろ。
超汚染塵の分際で被害者ぶるなよ!
超汚染塵共を殺せ!消し去れ!!殲滅せよ!!!
舌を抜け、皮を剥げ、四肢と胴体を切断せよ 五臓六腑を引きちぎれ🔪
超汚染塵どもが日本の水道水に毒🍄を入れる前にkill all gooks on the earth
神國日本に居座る超汚染塵どもを福一デブリに叩き落とせ
Drop Dead 'Unko'rean
Go to hell ,6cm dicks & Fuckin' Pussies
不逞鮮人よライダイハンを忘れるなRemember LaiDaiHan
http://o.5ch.net/1ymoq.png
ゴキちょん🪳🪳🪳どもにツィクロンBを散布せよ除鮮滅鮮消鮮避鮮殺鮮屠鮮5,000万食糞キムチ総駆除
太閤様を見習って鮮人どもの耳👂と鼻👃を削ぎ落とせ

35 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/10/28(土) 00:32:40.68
https://www.youtube.com/watch?v=kUr3nTFCQi4

朝鮮進駐軍(在日朝鮮人連盟)と戦っていた山口組

【実話・不法外国人・朝鮮進駐軍・田岡一雄・ヤクザ映画・敗戦終戦後の日本・高倉健】

36 :名無しさん:2023/11/29(水) 18:33:53.23
土砂崩れに洪水に熱中症にと損害を受けてるやつらはテ囗組織自民公明を恨んて゛憎んで呪って戰えよ
偶然の自然災害て゛運が悪かったた゛けとか思い込んでる能天気なバ力に憲法13条25条29条と公然と違反しなか゛らカによる―方的な現状変更
によって都心まて゛数珠つなぎて゛鉄道の30倍以上もの温室効果ガスをまき散らす齊藤鉄夫ら世界最悪の殺人テ口組織国土破壞省か゛JALだのANAだの
クソアイヌト゛ゥだのテ□リス├と天下り賄賂癒着して私利私欲のために莫大な温室効果カ゛スまき散らして氣侯変動させて
かつてない量の水蒸氣を曰本列島に供給させてるのが原因であって曰本どころか世界中て゛災害連發
自民公明に入れたハ゛力の家や農作物か゛流されて無━文になるのは当然の報いて゛望ましいか゛
日本て゛も年々気候変動による被災地拡大中、次こそ殺されるという正しい理解とともにこの強盜殺人腐敗テロ政府を打ち倒そう!
破防法を適用すべきクソ航空関係者と国土破壞省のテロリストどもを皆殺しにすることは正当防衛かつ緊急避難として合法かつ正当な権利な
(羽田)ttps://www.call4.jp/info.php?type=items&id=I0000062 , ttps://haneda-project.jimdofree.com/
(成田)ttps://n-souonhigaisosyoudan.amebaownd.com/
(テ口組織)ttps://i.imgur.com/hnli1ga.jpeg

37 :名無しさん:2023/11/29(水) 22:01:24.72
日本に密航して食べるのに苦労して銅管を盗んだり、窃盗したり
したのは在日自身が語っている事実だ。日本人からすれば、人に
迷惑をかけない事が当たり前の伝統文化なので、当然ながら区別
される事になった。今は彼らも安定した地位に付き、財力も得て
日本の生活を謳歌している者も多いだろう。しかし彼らは日本人
を抑圧の対象として見る者が多いのは大変残念なことだ。
より高い地位を求めて、日本人を見返してやりたい気持は理解
するが、伝統文化を破壊したり、自国の文化の押し付けは遠慮
願いたい。それを強く押し通すのは感心しない。
大昔に聖徳大使を排除して公家を乗っ取ろうとした一派のよう
な方向に進むのは止めておいた方がよい。理由は歴史が証明し
ている。その試みは絶対に失敗するだろう。

38 :名無しさん@お腹いっぱい。 [CN]:2023/12/14(木) 22:00:22.82 ID:Duv6LIbY0.net
流言蜚語ではなく、不逞半島出身者による殺人、強姦、放火、掠奪、暴行、及び、爆弾・毒薬の携帯は実際に有った。
内務省、警察、及び陸海軍は、新聞等の報道の中に不正確な部分が含まれていることを罹災の翌日である
1923年9月2日の時点で覚知していた為、同日から報道に規制を掛けた。
報道機関に事実関係を確認させたうえで約2か月後の10月20日に規制を解除したのだが、
規制解除後のウラ取りをした報道が上述のとおり半島出身者の悪逆非道を報じるものであった。
剰え、1,000人以上にまで膨れ上がった半島出身者愚連隊と陸軍麻布第三連隊歩兵三個中隊等が、
王子・横浜で戦闘状態に入り、 なかなか鎮圧できない為、
被災地域外の越後高田第十三連隊にも出動命令が出た。
クソ左翼は、無辜の半島出身者を日本人が虐殺したと手前勝手な嘘を並べるが、
左翼こそが過去を直視しなければならない。殺されても文句を言えないことを半島人はやったのだ。

39 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/21(木) 23:55:01.71
東京市各方面に於ける不逞鮮人及び社会主義者の行動(1923年9月)

   一、下谷各方面の事実

1.松坂屋付近の第一回目の火事は、一日午後御徒町方面より来た火先で焼けたものであり、
当時松坂屋及び広小路全部は焼け残っていたが、二日夕刻、松坂屋前の風月菓子店の路地辺より
爆音と共に発火し、その際社会主義者か鮮人か分からないが、投弾者らしい者二名がその路地より
駆け出して来たため、群集はたちまち包囲しこれを殴殺し、これを路地内へ遺棄したまま、火勢に
追われてつつ、いずれも上野方面へ立ち去った。

40 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 00:10:55.21
2.風月菓子屋の火が熾(さかん)に起ると、松坂屋はまだそのままだったが、
凡そ一時間位が過ぎた頃、松坂屋裏の方に火が起ると同時に、突然二大爆音起り
(一説に四発の爆音と共に倉庫が二つに割れて、火を発したとも言う)それと間も
なく二名の鮮人らしい者(一人は浅黄の職工服を着、一人は上着黒の普通服を着
たもの)が倉皇(そうこう:あわてふためき)として上野方面に向い走って来たの
で、群集はこれまた松坂屋への投弾者として包囲し、掩殺(えんさつ)した。
同人は黄色の火薬らしいものを入れた猟銃ケースの帯皮を腰にしていた。
その二死体は一人は火傷し、一人は異状なく、四日頃まで放置してあった。

                                       (1923年9月)

41 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 00:15:24.46
3.二日夜、松坂屋方面より発した火先が山下方面を焼き払うと、
間もなく上野停車場構内において、二名の鮮人がビール瓶に石油を注ぎ、
放火した事件あり。駅員これを発見して彼らを追いかけ、遂にこれを殴殺
したが、その間に火勢さかんに燃え上り、遂に同停車場を焼き払った。

                                  (1923年9月)

42 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 00:20:19.25
4.二日の晩一時過ぎ頃、清水町と上野公園との間において、
自警団が三人の怪しい者がいるのを発見したが、その二人を逃し、
一人を捕えた。同人は年齢四十位にして白い詰襟の洋服、
赤皮の靴、同じく「ゲートル」鳥撃帽をつけ、風采堂々たる者だったが、
団員がこれを取り調べると「自分は君らに対し、ためにならない
ことはしない」とだけ答え、言葉を濁して取調べに答えず、
その挙動は全く社会主義者と疑う余地のないものだった。

                              (1923年9月)

43 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 00:32:40.37
5.二日夜二時過ぎ頃、上野公園山内博物館前の水道栓付近の
避難民中に、年齢25〜6の上衣のない洋服の男が立っていたが
「大地震が間もなく再び起り、火事も焼けのびて来るから、
危険この上ない。特に朝鮮人が本郷湯島方面から数千人ここを
目指して押し寄せて来るから、諸君は大至急谷中方面へ避難する
べき。荷物などは持って行く必要はない、後で富豪から分配する
よう自分らで取り計らうから」と述べ立てたので、自警団は其の
奇怪な言動に対し、一応注意を与えたところ彼はコソコソと群集
中へ身を隠したが間もなく凌雲橋方面に至り、再び同様の演説を
始めたので、これを捕え厳しく取調べたところ、社会主義者で
あることを自白し、また身体検査をしたところ、紙幣六十余枚と
巻煙草三個ばかりを持っていた。
                             (1923年9月)

44 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 00:38:38.01
6.二日午前十時半頃、年齢三十位の婦人が上野清水堂の登り段で
休んでいたところ、洋装肥満の男が餡麺麭(あんパン)を恵んだので
空腹のまま之れを食べたところ、たちまち苦しみ出して吐血し、其の
男は直ちに逃走したが、避難民らはこれを見て避難者中の医師に投薬
を求め、これを介抱し、その経過は不明だったが、避難民らはこれを
もって毒麺麭(パン)を食わせられたものと認定し、互いに相いましめて
以後知らない人よりの飲料及び食物は絶対に取らないこととした。

                               (1923年9月)

45 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 00:52:32.40
7.二日午後三時頃、上野東照宮横にある木立の間に避難民らが
荷物を山積みし置いた際、上衣のない洋装で年齢三十以内の日本人と、
法被を着た三十位の鮮人との二人が「馬ケツ」一個と瓶一本とを
掻っさらったのを自警団が捕え、取り調べると答弁頗る曖昧だった
ので、前日清水堂の上り段の毒麺麭(パン)事件があった事もあり
ひょっとすると「馬ケツ」と瓶とに毒水を入れ避難民を毒殺しようとする
奴に違いないと、その趣旨を以て詰問したところ、彼らはうそぶいて
一言も吐かず、ここにおいてますます推測のようになるのを確認し
群集は激昂してこれを殴殺しつつあった。

                              (1923年9月)

46 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 00:56:42.39
8.三日の夜八時頃、清水町壱番地の井戸側へ立寄った、浴衣を着た
一人の男がいた。そこに付いて居た番人がこれを発見し、捕えて取調
べたところ「水を汲みに来た」と答えたが、その容器は「エアーシップ」
の空缶で、異臭がした。飲水の容器と認めることができないだけでなく
住所は下谷御徒町に二階借をしている雑菓子屋の職人であると答え、
また三重県人と答えたが、問い詰めた結果遂に、朝鮮人と自白した
ためこれを清水町交番に引き渡した。

                               (1923年9月)

47 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 01:06:55.72
9.四日と記憶する晩八時すぎ、下谷清水町と宮永町の間の泥溝側に
二人の怪しい者が徘徊していたが、その当時盛んに井戸へ毒薬投入の
噂があったので井戸を警戒していた者がこれを見て誰何したところ
たちまち拳銃を出して脅かしたため、その場は大騒ぎとなり八方より之を
包囲したところ狼狽して屋根へ逃げ登り、拳銃を発射しながら屋根伝いに
逃げたが、町民には銃器がないため躊躇している間に遂に逃走した。

                                (1923年9月)

48 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 01:15:29.40
10.四日朝四時半頃、上野博物館と図書館との間に避難中の東京印刷株式会社重役神谷は、
両国方面に行こうとして同所の井戸水を「サイダー」瓶に汲み、その息子ほか一人を伴い、
途中その水を飲んで渇きを凌ぎ、浅草橋にかかった際、息子は急に吐き気を催し、
黄汁を吐いて苦しみ出し、次いで同伴者も同様の状態に陥り、更に同氏もまたこれにかかって
三人共全身に冷汗をかき、約四十分後には急に間断ない下痢を催したため、念のため検便すると、
大便に血が混ざる等、苦悶は激しく、通り合わせの兵士より薬を与えられ、飲んだが何ら効果も
ないため、付近の者から担架で上野赤十字社救護所に送られた。これより先、同じ井戸の水を
飲んだ中毒者十数人は既に同救護所におり、いずれも医師より注射を受け、始めてその意識を
回復することができた。某医学士の鑑定によれば、燐の中毒だろうとの事だったと言う。

付記 鮮人投毒の種類は猫要らず、亜ヒ酸、昇汞等の噂があったが神谷の中毒はこの中の
    猫要らずではないか。

                                               (1923年9月)

49 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 01:24:43.64
11.六日午前一時、下谷清水町中村芝鶴杵屋光一と共に上野美術学校
と音楽学校の間を巡警しつつあった際、拳銃の音が三発聞えたため、これを
憲兵隊に報告し早速捜査したところ、鮮人五名の仕業で、一人は殺され、
二人は捕えられ、二人は逃げた。もちろん拳銃は持っていた。
なお清水町にある芝鶴の家の塀には〇に十字や矢印等の符号があった。

                                   (1923年9月)

50 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 01:29:35.22
12.同夜一時頃、上野の常盤華壇先の墓地内に於て避難民に
対して演説を始めた年齢三十五位の洋服を着た一日本人がいた。
この機会を利用して全ての財産を平等にせねばならぬ等、非常に
過激な事を述べ立てていたが、たちまち自警団に捕えられ引っ張って
行かれた。当時自警団はその関連等を自白させようと拷問したが
頑として遂に一言も吐かなかった。

                               (1923年9月)

51 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 01:37:56.57
13.同夜二時頃、護国院裏に怪しい一団が潜んでいたのを山内の自警団が
これを発見し、追いかけたところ、その内四人は動物園横に逃げ美術学校
一部の付属の建物の屋根に飛び上ったのを、軍隊が発砲しその二人を撃ち
取り二人は逃走した。その撃ち取られた二人は共に洋服にして年齢三十才
近くの者だった。

                                  (1923年9月)

52 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 01:41:43.76
14.二日の夕刻、下谷渡邉町の空地に、百人ほど鮮人の一団が来て休息し
ていたが、その内の一名が付近の家に石油で放火しようとしたのを発見され、
青年団に捕えられた。しかし他の鮮人らは棍棒刀剣等で逆に青年団を襲撃し
て来て、ここに青年団と鮮人団との衝突となったが、その中に騎兵が走って
きたため、鮮人は逃走したが、騎兵に捕縛された。

                                   (1923年9月)

53 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/22(金) 18:32:50.69
15.下谷初音町四丁目に住む高橋顕信宅の向いに石田繁司、旧姓勝丸繁司なる者が居住していたが、
同人は広島県人との事で年齢三十二〜三才の肥満の風采立派な男で、石田繁司の名札と更に警視庁
巡査山本留太郎の名札を懸けていた。しかしその行動は青年団員の怪しむ所となり、二日薄暮頃、
団員はその門先において印半纏様のものを着た石田と問答中、鮮人が門内より青年団に向って拳銃を
撃ち放ったため、青年団はたちまち包囲しこれを捕えようとしたところ、石田は予め用意していたかの
ように、急に絆天をかなぐり棄て、下は日本服に襷をかけ、腰より日本刀を抜いて青年団に向い、鮮人
八名が刀剣と棍棒とを持って共に青年団と戦っていたところ、軍隊が来てこれに立ち向い、石田及び
数名の鮮人は捕縛されたが、他の鮮人はその塀を飛び越えて隣邸に逃げ込んだ。その内二名は逃げ
て他は十一時頃迄の間に悉くこれを捕えた。尚、押収物件は手紙六通及び書類壱包等にして同家は
最初より鮮人の密会所となっていたようで、家屋の周囲は裏には山添い墓地と寺とがあり、塀を超え
て一たび裏に出れば逃走自由の場所である。

                                                 (1923年9月)

54 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/22(金) 18:36:40.37
16.日暮里元金杉の大通り池田家裏の井戸に三日「水を飲ませてくれ」と
言って来た男があったので、これを許したところ、その際投毒したものと
見られ、その水はたちまち変色して薄紫色を呈した。その水は元金杉
交友会と呼ぶ青年団に保存してあったと言う。

                                 (1923年9月)

55 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/22(金) 18:39:37.72
17.二日、坂本方面の火災は、三ノ輪方面よりの延焼だったが、
三ノ輪及び坂本方面の罹災者は一般に鮮人の放火であると確信していた。
これは荒川提工事に従事の鮮人約六百名位がいずれも市内の者と連絡
を取れる模様だったので三ノ輪方面より潜入した者の仕業だろうと。

                                (1923年9月)

56 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/22(金) 18:43:05.85
18.二日午前十時前後、男女二人夫婦らしきものが三ノ輪車庫前
を徘徊していた。男は洋服を着け婦人は妊婦らしく見えたが、
群集中、その挙動がいかにも不審であると認められ、これを誰何し、
逮捕の上詰問すると、男は何も持っていなかったが、その婦人は
腹掛に六個の爆弾を所持していたので直ちに警察の手を経てこれを
軍隊に引き渡した。

                              (1923年9月)

57 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/22(金) 18:47:42.48
19.三日午後三時頃、下谷龍泉寺町において鈴木延吉なるものが
井戸の水を汲みつつあったが、大島紬を着た朝鮮婦人らしき一名の
婦人が薬瓶を携えその井戸について飲料水を乞うた。
鈴木は、その挙動すこぶる怪しむべきものがあると認め、これを誰何し
詰問したがその言動曖昧にして不審の点が少なくなかったので群衆と
共にその婦人に迫り、強制的にその薬瓶の水を取り上げ、これを飲ま
せたら、その婦人は苦悶に耐えられず気絶したがそのままこれを警官
に引渡した。

                               (1923年9月)

58 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/22(金) 18:50:27.75
20.三日午前中、日本人二名が上野山内より捕えられて来て警官の
手より兵士へ引渡し、下根岸金礎木小学校へ抑留されたが、同人らは
ミルクの空缶にズックを付けたものの様な形状の爆弾三〜四個を所持
していたと言う。

                               (1923年9月)

59 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/22(金) 19:01:01.65
21.二日夜、日暮里在住の一婦人、日暮里より赤羽に向ったが途中
の街道において、放火した十七才位の鮮人が現場において捕えられ、
群集より殺されるのを目撃した。引き続きその仲間らしき二名の鮮人が
捕えられて来たが、群集は「こやつは放火したから、火刑に処すべし」
と息巻いたため、婦人は大いに驚きこれを見るに忍びず早々にその場
を立ち去った。

                                (1923年9月)

60 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/22(金) 19:06:44.97
22.下谷稲荷町神吉町等の罹災者らは、異口同音に火災中爆音
至るところに起ったのはすこぶる不思議にして、同地方の火災に
一物も残らなかったのは爆弾の放火によるものであると信じていた。

                              (1923年9月)

61 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/22(金) 19:12:49.46
    二、浅草方面の事実

1.二日午前一時頃、浅草区猿若町三丁目十三番地に居住する
義手足製造業の小倉房一が浅草観音堂裏に避難中、二名の鮮人が
方形の硝子箱に何か入っているものと、ビール瓶に何か入っているもの
との二つを持ち、観音堂の裏の方に潜入し、しきりに燐寸を擦っている
のを見付け、大声を発したので、避難者が騒ぎ立ったため、一名の鮮人
は捕えてこれを殺したが、一名は伝法院の方へ逃れようとするのを追い
かけ、遂にこれを見失なった。

                               (1923年9月)

62 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/22(金) 19:19:01.94
2.浅草方面に於ける火災の原因は二つあり。その一は一日正午前地震の際、
公園内十二層楼(浅草十二階)の一部(九階以上)が震動のため陥落し直下の
一民家に落下し、その家屋を倒壊したが同家が昼食に使用していた火を消す暇
がなかったせいか、同家より出火して西北方に延焼した。その二は同日夕刻、
朝鮮人が爆弾を観音劇場に投下し、発火して西南方に延焼した。そうして同夜
に至り、風向また一変し、観音境外東門外を掠めて吾妻橋方面に進行した。
但しこの投弾者は、その出て来る所を怪しまれ、群集より殺されたが、それは
彼ら前後の挙動及び言語より察するに鮮人であることが証明された。
そうして池中には多量の投毒ありとの噂あり。池魚はことごとく死に、
また池畔の石面に緑青の如き色が付着していた。

                                   (1923年9月)

63 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/22(金) 19:23:08.13
3.不逞鮮人の行動については前述のように、劇場に爆弾投下のほか、
石油六箱を所持しており、これを放火の材料にしようとしたが、青年団
員に攻撃され、その目的を果たさずして四方に逃走した。その集団
数十名とのことだが、その六名を斬殺した。そうして彼らは公園の地中
に投毒したと言う。

                               (1923年9月)

64 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/22(金) 19:29:16.43
4.公園中、見世は爆弾にやられたとの噂が専らで、現にその爆音は
各所に聞こえた。当時もし工兵が出張して居たなら伝法院の塀を壊す時には、
工兵が加わったはずだが、全然その姿を見ず、青年団や、浅草寺出入者のみ
の手には任せなかったことと思われるが、そうでないということは、工兵が
同方面にいなかったことがわかる。尚お当時伝法院の庭の中に石油缶を
持ち、布団をかぶっていた者が捕えられ、鮮人であることが明白となり、
直ちに群集より殺された。

                                (1923年9月)

65 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/22(金) 19:33:05.62
5.浅草公園においては、一日夜より二日にかけ、多数の鮮人が出没し
つつあったが、飛行機館が助かったのは、当時これを保護した土木請負
高橋秀次郎の力であり、同人とその子分らは共に抜刀を以てこれに当り、
その警戒すこぶる厳重だったことによると言う。その付近では怪しい鮮人
は殺された者が多数に上った。

                                (1923年9月)

66 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/22(金) 19:38:35.44
6.浅草田町二の十九 宮田某(屋号角平)は吉原大門へ入る右角の家
で、庭の中に御影石側の井戸がある。その水の色、平常に反して濁って
いたため、投毒の噂が専らである。尚お三日にその辺をうろついていた
朝鮮人は日本堤署へ捕えられ、井戸水は十日頃になって始めて試験し
たが、飲料に差支えなしとの事であるが、濁色しているため、使用しな
いと。同店員の話。

                              (1923年9月)

67 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/22(金) 19:48:03.25
7.三日頃、浅草田町二の二十 田村質店の「ポンプ」井戸へ毒薬を
入れられたとの噂があったが、十五〜六日頃使用し、飲料としていた。
但し投毒は「ポンプ」ゆえ不能だったもののその付近を徘徊している
鮮人は捕われたとの旨、同店員の談話。

                              (1923年9月)

68 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 22:48:49.32
         三、本所、深川方面の事実

1.一日夕刻、本所緑町において学生風の数名の鮮人がおでん屋の屋台車をひいて街路の四つ角に立ち、
缶詰状のものを出し、食事をする如き風をなしていたが、車台には商売道具もなく、且つその挙動も怪しかった
ので、付近の人々はこれを怪しんでいたところ、しばらくしてニ〜三学生風の者が集まって来て約四〜五分間、
何事かを密談した後、どこかに立去った。やがて一人の刑事が来て付近の人々に向い、この車台の辺に
「誰か来なかったか」と問い、その人々は「さっき五〜六人来ていたがどこかへ立去った」旨を答えると、
刑事は「ならば彼らが今度再び来たらすぐ交番に知らせてくれ」と頼み、立ち去った。しばらくして、頭髪を長く
延ばした一日本人と、他の一人がそこに来たが、間もなく前の刑事が引き返して来て「こやつは先刻米屋に
放火した奴だ」と大声で怒鳴りつつたちまち長髪の男を捕え、これを縛って一旦傍の泥溝の中に放り込み、
更に次に来る者を待つ者の如くなったが暫くして再びこれを引き上げ共犯者を自白させるべくしきりに拷問を
加えたが、彼は沈黙して一言もこれに答えず。時に数十人の消防夫が来てまさにこれを叩き殺そうとしたのを
刑事はこれを制して「こやつは巨頭だから充分取調べの必要があるから殺さないでくれ」と言いながら其のまま
これを引っ立てた。

                                                        (1923年9月)

69 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 22:52:40.96
2.四日午後、両国国技館内の警察署へ捕われた三名の鮮人あり。
その内の一人は爆弾三個を所持していたが巡査の取り調べに合い、
日本語を理解しないながらも僅かに片言で「ををしゆき(大杉栄)」
と答えたがその内一人は群集に殺され、二人は拘置された。

                              (1923年9月)

70 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 22:56:36.16
3.四日、押上村で捕えられた一人の男は、金壱万円と金の指輪二十
余個を持っていたが、これは皆、死人から奪い取ったものに違いない
とは同地警察官の談である。

                                (1923年9月)

71 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 23:10:08.86
4.本所区請地町十一番地日本電線株式会社職工合宿所中村ふく
方に居住せる鮮人■■■■(二十三才)なるもの、八月頃より爆弾
数十個を包んだ風呂敷包を所持し、その爆弾殻と称する物三個を
ふくに与えたが(それを点検すると香水瓶中に金糞が入っていた)
九月一日午後七時頃外出先より帰るや否や、その風呂敷包を持ち
外出のまま行方不明となった。その爆弾なるものが何の目的に
使われたものかは想像に余りありとする。

                              (1923年9月)

72 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 23:15:59.61
5.一日夜九時頃、向島請地稲荷神社の側で、鮮人二名が群集に
追い詰められ、居合わせた避難民も群集と共に協力してこれを
捕えようとしたところ、彼は拳銃を民衆に発射し、居合わせた
在郷軍人某の軍服を貫いたがその一人は殺され、一人は遂に逃走
した。この内何れかの一人は或いは崔先トではないかと推測する
ものあり。

                               (1923年9月)

73 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 23:18:46.19
6.惨害の最大を極めた被服廠火災の際、東西両方に当り、
一大音響と共に巨大な黒煙が柱の如く上った後、突如として
強烈な旋風が起こるに至ったのは不思議の音響として
爆弾ではないかと、今尚疑問を懐く者がたくさんいる!!!!

                         (1923年9月)

74 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 23:22:51.05
7.深川区千田町三三六番地土木業、須賀こと安達国治郎の宅は、
一日午後四時頃、石島町方面より起った火先のために焼き払われた
が、これより先、扇橋方面に火災が起ると、充分の注意を払って
始終屋根に上り見張っていたところ、火先と反対の扇橋方面よりは
全然風上であって火の粉の来るはずがないにも拘らず石島町に火が
起ったのは全く放火であると確信している。

                               (1923年9月)

75 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 23:28:55.70
8.千田町の三百三十六番地、製薬商鈴木直次郎隣家の榎本清兵衛は、一日地震の際、
火の手は富川町の方へ去ったが、地震が恐ろしいため、逃れようとし、全部家の入口を
釘付けした際、一名の鮮人がその辺をうろついていたため、確かにこれは火事場泥棒
だろうと思い、注視したところ間もなく姿を消したため、逃げ去ろうとした矢先に於て、
裏手の便所のあたりに、大きな爆音が起ったのに驚いて川を泳ぎ渡り、大島の方へ
逃れた。後四〜五日を経て帰ったところ、同家は灰燼に帰し、焼跡に爆弾殻らしきもの
があるのを見付け「これが爆弾であった」としてその殻様のものを鈴木氏方へ持って来た。
但しその爆弾殻と称するもの三個は、本会調査員が鈴木氏より貰って来て、これを検査
すると砲弾殻中に爆薬を装填したのではないかと思われた。尚この所在場所には火災
以前に於て右様のものは全く無かった言う。 

                                           (1923年9月)

76 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 23:35:52.77
9.三日午後三時半、相生橋側商船学校正門前に於て、鮮人一名が群
集の手に取り押さえられたが、警官が来て、群集が激昂するのを治めて
鮮人の身体検査を行い、これを取調べたところ、腹に赤い「ダンダラ」染の
腹巻とその下には小指太さの赤い緒を締め、更にその下には赤色五寸四
方の絹切を臍と陰部の中間に付け、懐中には皮製二つ折りの財布に
銅貨一銭と薬包み三包(包中には真白で緻密な粉薬が入っていた)
在中のものを持っていたが、群集中、薬剤生のような者がおり、その薬を
見て巡査に向い、これは亜ヒ酸だと告げたため、巡査は更に取調べよう
としたところ、群集は益々激昂して鮮人に迫ろうとしたので、巡査は
群集に向い「連中その他を充分に取り調べる必要があるため、これを
殺さずに、自分に任せてくれ」と告げ、ようやく同意を得て、警察は
その鮮人を連れて行った。鮮人は沈黙俯伏したまま一言も吐かなかった。

                                 (1923年9月)

77 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 23:39:49.76
10.突然群集中で大声を発する者があり「少し先程、二人連れの
男が飲料水をサイダー瓶に入れ「水にお困りの方は上げます」と呼びつつ、
水を配り、自分の家族はこれを飲むや否や大量の吐血をし、苦悶し始めた
ため、一方で家族を救護班に走らせ、「自分はその男を見付け出し、
一人を捕えて群集と共にこれを撲殺したが、その男もまた同じ赤布を
持っていたため、この鮮人と同類に違いない」と。その殺した場所は
高船学校の焼跡を過ぎて正門より約四町ほどの広場であり、同死体は
茶色の「アンダーシャツ」を着、半股引と黒の靴下にゴム足袋を穿いた
二十二〜三才位の鮮人で、陰部と肛門を露出したまま、東方に頭を
向けて斃れていた。監視者の言によれば、この鮮人は今より三〜四十分
ばかり前に斃されたが、月島方面より来て毒水を配り歩いた奴だと
言った。
                                (1923年9月)

78 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 23:41:48.15
11.同日午後五時頃、水産講習所構内各建物の中央辺において、
一人の男がいた。慶応病院看護婦三名、医師二名の救護班より治療を
受けていたが、同人は鮮人より食物を貰いその毒に当ったものにして、
しきりに苦悶を続け、何か吐き出そうとする者の如く、首を長く延ばし、
もしくは縮め、その状況はほとんど見るに堪えないものであった。

                              (1923年9月)

79 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 23:45:09.58
12.同日五時半頃、深川側の永代橋の永代橋交番所の後方、鉄材を
置いた場所に、十二〜三名の鮮人の死体あり。その中の六〜七名位
は他の不逞者と同じく腹巻赤紐を締め「アンダーシャツ」乃至労働
服を着、中には高等なる編靴を履いたものあり。陰部及び肛門を
露出していた。 

                               (1923年9月)

80 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 23:47:39.39
13.当日深川に於ける光景は、家の焼跡に人々血眼となり、棍棒或
いは、抜身を持ちながら、通行者ある毎に鮮人ではないかと注視しつ
つあった。凄惨悲愴の状、戦国時代もこうかと思わせた。

                                (1923年9月)

81 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 23:51:11.94
14.九月一日午後六時頃、深川門前山本町十七番地 近江湯の硝子
窓に向って、爆弾1個を投げつけ逃げ去ろうとする鮮人あり。民衆に
見つかることとなり、捕縛の上、現場において之を殺された。

                               (1923年9月)

82 :名無しさん@お腹いっぱい。 [EU]:2023/12/22(金) 23:54:52.36
15.九月二日午前二時頃、深川区富川町二十五番地 飲食店
高橋勝治が、前日の焼跡に、小屋掛けをなし、横臥していた所へ、
鮮人三名侵入し、金を出せと強迫し、その中の一人は抜刀で脅し
勝治はこれに反抗して打ち合い、右腕に負傷するに至ったが、
遂に鮮人を逃走させた。 

                             (1923年9月)

83 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/23(土) 19:18:47.82
     四、京橋、日本橋方面の事実

1.京橋宗十郎町 にしき屋主人、及び八官町新福本主人らは、一日地震後、
八官町から出火し、次に丸屋町に起ったため、すぐに小舟を雇い、山下町より
その家族雇人らを乗せ、濠中に避難し、それより更に御浜御殿方面に避けようとして、
土橋下を通過した際、まさに江木写真館が焼け落ちようとするのを見たがその時、
土橋側に居た数十人は何者か知らなかったが、写真館の焼け落ちるのを見て、
一斉に手を挙げて萬歳を叫んでいたと言う。

                                     (1923年9月)

84 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/23(土) 19:22:47.71
2、日本橋方面においては、最初爆音が聞えたのは、薬屋の薬品類だろうと
思っていたが、その音響が非常に多かったため、鮮人が各所に爆弾を設置
しておき、これに延焼して爆発したものだろうと、もっぱらの評判だった。

                                   (1923年9月)

85 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/23(土) 19:26:07.56
     五、本郷、神田方面の事実

1.二日午後二時頃、帝国大学において第二回の火災が起ると同時に、
朝鮮婦人及び一高の制服制帽を着けた者、帝大制帽制服を着けた者
各一人、校内より逃げ出す所を巡査に捕えられたが、彼らは鮮人で各々
石油五合入り一罐ずつと脱脂綿とを所持していた。当時火は御殿と、
図書室と講堂と化学室の四箇所より起ったが、元来化学室より、たとえ
火が出ることがあっても、御殿や図書室や、講堂等よりは出るはずがない。
とりわけほとんど同時刻に、火が起るのは特にその原因を疑われつつある
所である。
                                  (1923年9月)

86 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/23(土) 19:30:05.25
2.三日の午前一時半、本郷真砂町通りを自警中、朝鮮人が十五名
ばかり、首領は台湾パナマ帽子をかぶっていた土方風の一隊が、
警戒線を突破しようとしたので、これを捕えようとしたら、彼らはことごと
く逃走したが、間もなく同町十五番地に放火する者があり、幸い自警団
において消し止めることができた。
                                 (1923年9月)

87 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/23(土) 19:34:19.69
3.三日の午後、本郷大学正門前に止まっていた自動車の中に一人
の男がいた。同地の青年団がこれを認知すると同時に、これを捕縛した。
これより先六十才位の老人が大学門にある商家の井戸水を貰いながら、
ひそかに腰袋の中から薬のようなものを井戸に投げ入れようとするのを
発見したため、青年団はこれを怪しみ、捕縛の上訊問したところ「只今
正門前の自動車にいる人より金十圓をもらって頼まれ、この毒薬を入れ
た」旨を答えた。青年団は直ちにその老人を証人として警察へ引渡した。

                                 (1923年9月)

88 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/23(土) 19:37:18.11
4.二日駒込神明町二百六十九番地の井戸に、昇汞水の投入があった
のを発見し、医師に検査を求めたところ、人体に有害な程度ではない
ものの、僅かにその混在を認めたと言う。
                                (1923年9月)

89 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/23(土) 19:41:30.80
5.神田小川町壱番地 沼田いせ方に通称田中と呼ぶ鮮人を書生に
使っていたが、地震が起ると、田中は突然沼田家の自転車に飛び乗り、
どこかへ出て行った。ところが間もなくその友人の林という二人の鮮人が
急いで来て、田中の所在を聞いたので、田中は今どこかに自転車で
出で行った旨を告げたところ、林はあたかも合点したような様子で、
立ち去ったまま、その後田中は全然その姿を見せなかった。彼は書類
その他相当数の荷物を持っていたが、それらは勿論そのままとなった。
沼田方ではすこぶるその行動を怪しんでいた。

                                (1923年9月)

90 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/23(土) 19:46:51.68
6.国民中学会に韓と言う鮮人の小使がいた。彼は常に社会主義者
と交際し、講演がある毎に必ず傍聴に行っていたが、六〜七月頃
沼田いせの家に「不逞鮮人」と題する一雑誌を送って来た。そうして
同人もまた地震と同時に国民中学会からその行方をくらました。

                             (1923年9月)

91 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/23(土) 19:53:11.73
7.小石川小日向台所一丁目 田中弘之宅の付近に於て、九月三日午前
十時頃、三名の鮮人が、石油を注ぎ、放火しようとしたのを発見し、自警団
員らがこれを捕えようとしたところ、彼らは拳銃を擬しつつ逃走したため、
内一人を捕え、二人を逃したが、その捕えた鮮人はこれを警察に引渡した。

                                  (1923年9月)

92 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/23(土) 20:02:00.11
8.外神田秋葉原鉄道倉庫の火災は、全て爆弾によるもののようで、
最初に弾音が鳴ると、その一棟に火を発し、再度の爆音で他の倉庫
が燃え出し、三度の爆音によって遂にその全部の倉庫を焼き尽した。
当時佐久間町の自警団は、怪しい者又は鮮人はことごとく捕えて
通運会社の倉庫に押し込んでおいたが、後で警察に引渡した。その
火災の原因に付き、同地人らは何れも爆弾によるものと信じていた。

                              (1923年9月)

93 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/23(土) 20:23:18.87
     六、麹町、牛込方面の事実

1.麹町区三番町八五 原理髪店の主人らは、一日の震災より、
招魂社裏手に避難していた。しかし、二日午前十一時頃、地震に驚き
屋外に出ると、同八十五番地裏通りの家に放火しかけた三名の日本
大学生の服装をした鮮人がいて石油を所持していた。同付近の避難
民らはこれを捕えようとし追いかけたところ、招魂社裏門より社内に
逃げ込んだのを、二名はこれを撲殺し、一名はこれを半殺しにした
まま、取調べのため陸軍軍医学校に入れた。
                               (1923年9月)

94 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/23(土) 20:27:33.78
2.三番町八十五番地 田中伝四郎方入口、六尺程の壁の上に、
ヤ(殺人)A(放火)の符号あり。また四番町九番地 青山氏邸の
板塀に↑(爆弾)を一カ月位以前より「ペンキ」で記入してあった。

                            (1923年9月)

95 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/23(土) 20:31:58.36
3.鉄道省は焼ける時に数回の爆音が聞こえた。同省では研究室及び
「ガソリン」による音だと言っているが、火災が起ると同時にその付近で
捕えられた鮮人は爆弾を所持していたと。

                                (1923年9月)

96 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/23(土) 21:48:58.19
4.一日夕刻、麹町内幸町二丁目(虎ノ門外)東京乗合自動車会
社専務堀内良平が、同社へ帰る折に、倉庫と本社との間に於て、
煙の燃えるのを見て、駆け付けると、襤褸(ぼろ)に石油を注ぎ、
放火するものであったため、直ちに座布団を持って行き、これを
被せてようやく消し止めることができた。
                            (1923年9月)

97 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/23(土) 21:58:42.49
5.震災直後、帝都の警察呆然その能力を失った際に、陸軍士官
学校長 津野田中将は決然と生徒を指揮し、各方面に亘って、
もっぱら保安の維持、および罹災者の救護に従わせていたが、二日
正午過ぎ頃、浴衣に兵子帯を締めた学生風で二十二〜三才位の
男がいた。あたかも士官学校内に収容した負傷者を訪ねるかの
ように装い「山田さんがここへ来ていないか」と問いつつズンズン
奥の方へ侵入して行こうとしたので、忽ち兵士の怪しむ所となり、誰
何の上これを訊問すると、その際懐中に爆弾を隠しているのを発見し
直ちに逮捕したが、以上の青年は鮮人で、捕えられながら豪語して
「自分は校長を殺しに来た者だがその目的を果たさずして捕えられ
たのは残念だ!」と叫びつつ、連れて行かれた。
                               (1923年9月)

98 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/23(土) 22:07:02.94
6.二日午後六時頃、牛込加賀町五番地 辻嘉六氏のすぐ後ろの
大化会へ石油を注ぎ放火した者があったが、忽ち大化会の山中理一
の発見する所となり、同人は一方では会員にこれの消防に従わせ、
一方では自らその放火者を追跡すると、彼は約一町半位の所にある
林某の家に逃げ込んだのを付近の応援により百方捜索したが、
遂に発見することができなかったと言う。
                             (1923年9月)

99 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/23(土) 22:18:44.56
7.四日夜十一時頃、牛込方面より闇夜の中、一人の男が追われて来て
市ヶ谷見附停車場と反対側の深い方の濠中へ飛び込んだ。
同所の歩哨がこれを認知すると、自動車の灯火を集中して探視し
つつこれを銃殺した。同人は日本人か鮮人か知らないとは言え、
牛込方面のある路地口において土瓶のようなもので石油を注いで
いたのを発見された旨、追跡者の談とのこと。
                              (1923年9月)

100 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2023/12/23(土) 22:29:29.24
8.二日午前十時頃、牛込神楽町と若宮町との間にある家の物
置小屋に潜み、何事かをしつつある者を子供らが発見するところ
となり、騒ぎ出したため、日本大学教授平元平吾氏は近隣の者と
駆けつけその逃げ出した者を物理学校の傍で取り押えたところ、
年齢三十歳位、詰襟白洋服を着た一見紳士風の鮮人にして、
菊版紙大二寸厚さ位の角錐に揮発油を入れたのを持っており
また物置にも揮発油がこぼれており、疑いなく放火犯であること
から平元氏は証拠物件を添えてこれを神楽坂署に引渡したが、
同署にはこの時すでに二十余名の鮮人が拘留されていたと言う。

                             (1923年9月)

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