追記の余談 §
「この小説、思った以上によく出来てると今頃気づいているよ」
「なんで?」
「話の本筋はとてもシンプルで、非常に単純なことを1つしか言っていない。全ての要素は、そのたった1つの結論を補強するためにしか存在していない」
「でもさ。これって話が矛盾してない?」
「矛盾した描写はベタベタに分かりやすいヒントなんだよ」
「えー」
「あれ、おかしいぞ? って思うところから話が始まるの。そう思うのは読者なの。つまり読者も冒険するの。この小説はね。第1の主人公が有紀で、第2の主人公が七郎。そして、第3の主人公は読者自身」
「話はそれだけ?」
「いや、これダブルミーニング、トリプルミーニング当たり前なの」
「たとえば?」
「そもそもサターンVの意味が複数ある」
「コードネームとロケットの名前の2つだね」
「実際は2つじゃない」
「えー」
「繰り返される【サギちゃん、変身よ】の意味も複数ある」
「文脈によって変化るってこと?」
「それもあるが、同じ文脈で言われていても、そこに複数の意味が乗っている場合がある」
「文章が凝りすぎだよ」
「でも、結論はシンプルな1つきりだぞ」
「どの経路から解釈しても着地点は1つってことだね」
「そうだ」
「でもさ。いろいろな名前の元ネタが分からなくて着地点に行けない人はどうすればいいわけ?」
「元ネタなんて無視すればいいと思うよ。関係ないから」
「あっさりと言い切ったね」
「元ネタは普通の方法ではほぼ特定できないはずなので。運が良ければ分かるけど」
「じゃあ、読者はどうすればいいんだよ」
「過剰にハードルが高すぎることは、実際には【そっちは登山道では無いですよ】という分かりやすいガイドなんだよ。正解ルートは他にある。そういうガイドなんだ」
「分かった。すぐに崩せる岩があるから、そこを掘ってね、ということだね?」
「そうそう。登頂不可能な岩の前で無限に悩む意味なんてない。すぐ横に【掘って頂戴】とメモ書きされた柔らかい岩があるのだからそこを掘れば良いだけのこと」
「掘ったらすぐ結論が分かるわけだね?」
「分かる分かる」
「じゃあ、なんで掘らずに分かるように結論を提示しないの?」
「一瞬だけでも考える楽しみを読者に提供するためさ。これは娯楽小説なんだぜ?」
「難解に見えるよ」
「難解に見えても、ちょっとひねるとすぐ分かる。そういう風に作ってある。自分のことながら上手いねえ」
「知恵の輪みたいなものか」
「そうそう。やり方が分かると馬鹿みたいに簡単に外せる知恵の輪」
「必要なものはなに?」
「俺はこれを解くのだ、という意志だけ」
「才能とか数学の知識は要らないの?」
「要らない。そんなに難しくは作ってないから」
オマケ §
「昔ね。押井守の映画評で【難解】っていうのがあったけど、その映画は馬鹿みたいに簡単なテーマしか言ってなかった。要するに評論家の方が難解の壁を自分で作っていただけ」
「それで?」
「自分も同じ立場に立ったのかな。読者が自分で壁を作ったらこっちは手も足も出ない。どんな分かりやすく主題を提示してもそれは届かない」
「そんなにベタベタな話なのか?」
「そうさ。主題は本編に直接そのまま書いてある」