「母と暮せば」75点(100点満点中)
監督:山田洋次 出演:吉永小百合 二宮和也
性根の入った反戦映画
2016年のお正月映画は、東宝と東映が安倍時代らしい愛国ムービーで足並みをそろえた。しかし松竹は山田洋次監督の「母と暮せば」で反核反戦テーマを訴える。ただひとり、信念を持って迎え打つ構図になっている。
長崎への原爆投下で息子の浩二(二宮和也)が死んだその3年後、助産婦の伸子(吉永小百合)の前に彼の幽霊が現れる。聞くと浩二が死んで以来、操を立てるように誰とも付き合わない恋人の町子(黒木華)が心配なのだという。奇妙な共同生活を始めたこの母子は、おせっかいにも町子の相手探しにかかわっていくのだが……。
さすがは山田洋次監督、戦争映画をやるとなったら生やさしい描き方はしない。かつて「たそがれ清兵衛」に始まる三部作で時代劇映画というジャンルを一段高みへと引き上げた、その創作魂がこの反戦映画にもいかんなく発揮されている。
それにしても上手いと思うのは、「母と暮せば」はけっして声だかに戦争反対などと叫んでいないのに、有無を言わせぬ説得力でその思いに観客を引き込んでしまう点である。その頭の良さ、的確なる演出力はまさに円熟の味。国会前のシールズたちも見習ってほしい。
特筆すべきは監督が悩みに悩み抜いたという原爆炸裂シーン。当初はハリウッド映画的なスペクタクル案がでていた。凡庸な監督なら多少の改良は加えても、その「枠」は越えられなかったろう。
ところが山田監督は、ここで予想もしないアイデアをひねりだし、その結果として下手なCGで何百人の人体が燃える場面を描くよりもよほど残虐で、恐怖感あふれる「人体焼失」演出を行った。
これは、2次元のスクリーンで描ける限界を超えるのはもはや人間の脳味噌の中、すなわち想像力にしかないという映画演出の基本原理を山田監督が完全に理解している証拠である。私は近年これほど、核爆弾の破壊力というものを強烈に映像化した例を見たことがない。
もっともここ以外は、きわめて静かでのどかなホームドラマが続く。退屈を感じる場面も少なくない。結局サユリさまがでてくる映画はこんなんだよねとあきらめかける。
ところが、である。
「母と暮せば」はそこで終わらなかった。おそらく似たようなことを観客の多くが感じることまで計算に入れた上で、山田監督はものすごい仕掛けを仕込んでいた。
あれがあれほど観客をうちのめすのは、吉永小百合という女優があの役を演じていたからである。
数々の伏線をぶった切る、放り投げるのではなくまさにぶった切るその冷酷さ。多くの観客が平々凡々な予測をするようノーテンキなホームドラマ演出で誘導しながら、あのようなことをする計算高さ。
84歳にしてこの才気。これを引退作にしてもいいとの覚悟で撮ったそうだが、じっさい「母と暮せば」は反戦派監督ここにありを見せつけた佳作に仕上がった。
もともとは、亡くなった井上ひさしが題名だけ決めていた企画を引き継いだという山田洋次監督。姉妹編「父と暮せば」(04年)の故・黒木和雄監督も、この出来映えなら天国で満足してくれるのではあるまいか。
"想像力がない奴が日本を滅ぼす"と私は常々書いているが、おそらく山田監督も同じ事をこの映画で言っている。思想に関係なく、そうした考え方には強く共感ができる。このレベルの鮮烈な作品を、これからも続々と発表してほしいと強く願う。