「クィーン・オブ・ベルサイユ 大富豪の華麗なる転落」60点(100点満点中)
監督:ローレン・グリーンフィールド
壊れた人間がつきつけるこの世の現実
全米最大の個人邸宅の建築ドキュメンタリーのはずがリーマンショックで頓挫。それどころか彼らの転落物語になってしまった「クィーン・オブ・ベルサイユ 大富豪の華麗なる転落」は、映画史上に残るダイナミックな「リアル」を記録した映画となった。
不動産で成功したデヴィッド・シーゲルと、元ミセスフロリダでその妻ジャッキーは、全米で最も大きな邸宅を作ることに夢中になっていた。総工費100億円のその夢は、リーマンショックではかなく頓挫するが……。
アメリカの富豪がいかに常軌を逸した金持ちか、前半はそのスケールに驚かされる。はじめて専用機ではなく民間の旅客機に乗ったティーンエイジャーの子供たちが「なんで知らない人が乗ってるの」とマジ顔で質問したり、訳知り顔で「アタイも昔は貧しかったわ」などと語っていたり。112へーべーの家に住んでいたことを貧乏などといわれたら、東京都民の圧倒的過半数が貧乏人になってしまうのだが……。
足るを知る者は富む、とはよくいったもので、人間は不相応なものをもつと何かが狂うようになっているようだ。それをまさに証明するシーゲル家のみなさんの暮らしぶりは、誰が見ても相当に狂っている。
立派な住宅を所有し住んでいながらエアコンの稼働時間や照明スイッチのオンオフまで把握している人を私も一人知っているが、その節約精神がこの豪邸につながったと思えば納得できなくもない。
だがこの映画の人たちは、そうした倹約精神を見せたかと思えば、その妻は破産寸前な状況でもスーパーでカート数台分を「衝動買い」する。子供の自転車まで買ってくるが、家には似たような自転車がつみあがるほどに存在する。完全に脳の病気である。
映画では描かれないが、かつてこの夫はディズニーリゾートの用地買収の様子をたまたま見かけ、その周辺の土地を買い占めたのをきっかけに成功ロードを歩み始めた人物である。はっきりいって、常人ではできないギャンブルである。
妻も、全身を改造してまでモデル業に挑戦する破天荒かつハングリー精神あふれる人物で、おまけにエンジニアとしての頭脳も持っていた。
それが最後はこのざまである。金は身を焼く炎というが、まさにそれをリアルで見せられるショックがこの映画にはある。その最たるものは、序盤でただひとりまともだった16歳の養子の女の子だ。ビキニ姿も美しいスレンダーな美少女で、この一家を客観的に見てそのおかしさを指摘する、唯一の常識人である。
ところが、数年後の彼女はどうなっているか。体型はどう変わっているか。その金銭感覚がどうなっているか。想像を絶するカネが、人間を壊していく恐ろしい現実がここにある。
ある人物が、ラスベガスのギャンブルにハマった祖父の話をする場面が実にいい。カジノは負けた人間のカネでなりたっているのだとその人は語る。
確かにその通りだが、それは資本主義社会に広くいえることでもある。そして、言うまでもなくほとんどの人間は負ける側である。なにしろ語っている本人こそ全米一の大金持ちだったのに、自分が「養分」だったことに気づいている。
だからこの語りのシークエンスにはは、とてつもない迫力があるのである。
勝ち組などという言葉があるが、本当に勝ち組で居続けたいならたまたま勝っている間に死ぬしかないのではないか。だがそれとて、残された家族がその後に落ちてゆくならば、真の勝ち組とはいえない気もする。
デヴィッド・シーゲルは、この映画の内容が余りに自分の想定と違ったので監督を訴えたという。反骨背心の権化のような映画監督というものを、自分の子飼いとでも勘違いしていたのだろう。だが奥さんは、むしろ喜んでプレミアにも出席したというのだから、まったくもっておかしな一家である。
いずれにせよ、カネに焼かれて人間がぶち壊れる様子を描いた他に類を見ない佳作。たまには私のお財布も、遠慮なく焼いてほしいものなのだが。