「ブルージャスミン」90点(100点満点中)
監督:ウディ・アレン出演:ケイト・ブランシェット アレック・ボールドウィン

老監督の凄みをみた

最近のウディアレンの映画というと、皮肉の効いた大人向けラブコメまたは器用なミステリ、といったイメージが強い。毎年1本ずつ発表し続けているが、たしかに上手いとはおもうが正直、ぬるめの作品続きで欲求不満なファンも多かったのではないか。

ニューヨークで富豪の夫と別れ、サンフランシスコの妹の家に居候にきたジャスミン(ケイト・ブランシェット)。だが彼女は異様なプライドの高さから現実を見ることができず、質素な暮らしや就職活動に耐えられない。再び玉の輿に乗り、セレブ生活に戻れると信じて疑わないジャスミンがつく「嘘」は、次第にエスカレートして……。

さて、そんなアレン作品だがこの「ブルージャスミン」は違った。こんなに強烈な才気が78歳のアレンに残されていたとは、うれしい驚きである。本作は、近年のウディ・アレンコメディに欲求不満だった人、そもそもアレン映画とはそういうものだと思いこんでいる人に是非見てほしい、切れ味鋭い人間ドラマの傑作である。

とはいえ、プロが集う試写室の様子はいつもと同じで、ケイト・ブランシェット演じる主人公が貧乏生活に悪態をつくたびにゲラゲラと笑いが巻き起こっていた。

たしかに、現実を見られないヒロインの姿は痛すぎる。まさにバブル女のなれの果てであり、ざまぁ感漂う女叩き展開に、嘲笑をたたきつけたい気持ちは分からぬでもない。じっさい、そういう皮肉な笑いを近年のアレン映画は提供してきた。

だが、女性心理の本質を見抜く天才である私の目はごまかせない。序盤からただならぬ空気感を感じ取っていた私は、アレン監督は今回はコメディをとる気が全くないのではないか、と半ば確信していた。それは結局正しかったわけだが、この天才映画批評家に美人恋人が登場しない理屈が我ながらまったくわからない。

それはともかく、笑い続ける観客に囲まれ、猛烈な違和感と共に見ていたわけだが、すべての真相があかされるラストですべてがひっくり返った瞬間、自らの直感が正しかったことを知ると同時に、あまりにショッキングな落ちに圧倒されることになった。これはとんでもないミステリードラマである。

映画の最後で、主人公ジャスミンの数々のおかしな言動の理由、彼女の正体、なぜそんなことになったのかがすべてわかる。誰もが思うであろう「おカネ大好きなバカ女の非喜劇」という先入観が、なんと丸ごとミスリードとなっている。

それにしても、この鮮やかなちゃぶ台返しを、悲しいかな最後まで気づかず大笑いしている女性たちがいたのにはあきれた。そういう人たちは本作をコメディ映画などと紹介してしまうのだろう。読者たちが気の毒である。

それにしても、こんなにも「女」に対して残酷な仕打ちができる映画監督を、ほとんどみた覚えがない。ネットで流行の女たたきをする匿名紳士たちが何十個スレッドを消費してもかなわないような一撃を、このラストでウディ・アレンは叩きつける。

この映画を最後まで見ると、一見常識人で親切な妹やその彼氏、そのほかの登場人物たちが、なぜ誰一人共感するまで至らないビミョーな描かれ方をしているのか、その理由がよくわかる。

ようするにこの映画の中には、ただひとりだけ愛すべき人間がいると、ウディ・アレンは言っているわけだ。

はたしてそれは誰なのか。それが観客に伝わるとき、この監督の優しさと、映画作家としてのとてつもない厳しさ、凄みというものを体感できる。

アカデミー主演女優賞の評価にも納得。とんでもない傑作が登場したものである。



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