「リンカーン」60点(100点満点中)
LINCOLN 2013年4月19日(金)TOHO シネマズ日劇他全国ロードショー 2012年/アメリカ/カラー/150分/配給:20世紀フォックス映画
監督:スティーヴン・スピルバーグ  原作:ドリス・カーンズ・グッドウィン『リンカン』(中央公論新社刊) 脚本:トニー・クシュナー プロダクションデザイン:リック・カーター 音楽:ジョン・ウィリアムズ キャスト:ダニエル・デイ=ルイス  サリー・フィールド  デヴィッド・ストラザーン  トミー・リー・ジョーンズ

偽善的にみえるがさにあらず

米民主党の熱心な支持者であるスティーヴン・スピルバーグが12年間の構想を経て、共和党最初の大統領であるエイブラハム・リンカーンの伝記映画をとる。いかにも政治的な匂いがプンプンする企画といえる。しかし終わってみれば、これが意外なほど公平性を感じさせる映画であった。

4年目に突入した南北戦争において、日々若者が犠牲になることに心を痛めるリンカーン大統領(ダニエル・デイ=ルイス)だったが、戦争の終結は奴隷制度継続を望む南軍に妥協することであり、コトは単純に進まないのであった。しかも奴隷制度撤廃を定めた憲法修正第13条の批准は、議会工作の不調によりさらに困難を極めていた。

思想的立ち位置を表明している身ゆえだろうが、政治的な問題についての描写はきわめて慎重。アカデミー主演男優賞をとったダニエル・デイ=ルイスの重厚感ある演技と面構えもあって、一見中立的な、偏りを感じさせない作品となっている。

それでも、アメリカ史上初の黒人大統領の時代に、差別撤廃や奴隷解放を説いた大統領の映画というのは、あまりにあからさますぎて個人的にはいまいち乗りきれないものもある。

だいたいアメリカの国是というべきフェアネス精神を高らかにうたうこの展開が、今ほど偽善に聞こえる時代もないというものだ。

具体的に言うなら、搾取する対象が黒人奴隷から労働ピラミッドの最底辺の人々に変わっただけ。「ド底辺」には白人から黒人までいるから、そこでは見事にリンカーンの目指した「人種差別撤廃」が成し遂げられたわけだが、そんなものはブラックジョーク以外の何物でもない。

ようするにこの国は、そうした大勢の「養分」がなければ生きていけない国ということだ。だがこの映画がそれを指摘、批判することはもちろんない。

さて、「奴隷解放」と「南北戦争の終結」は、あちらを立てればこちらが立たぬやっかいな政治課題だが、リンカーンはそこで停滞することを嫌い、あらゆる手段をとる。あえて嘘をついたり、だまし討ちをすることで、前に進む。国民的人気の高い大統領を、美化するだけでなく汚れ部分まで描こうとするスピルバーグの誠意を感じる一面である。

理想を叶えるためには理想的な態度をとっているだけではダメなのだと、この映画は教えてくれる。逆に言えば、たとえ汚い政治手法であっても理想のためならば許されるともいえる。日本を売り渡す、いや取り戻すとかとぼけたことを言っているどこかの総理大臣にも見せてやりたい政治映画である。

映画の出来としては、憲法修正第13条の批准シーンの大げさなお涙頂戴など、なかなか白々しいものもあるのだが、そのシラケぶりもおそらくわかった上で演出しているスピルバーグの手腕には相変わらず感服する。また、内容の良しあしとは関係ないが、あまりにセリフが多く日本語版は字幕で見るのがかなりきつい。こういう作品は、劇場用でもいっそ吹替え版の検討をしてくれるとありがたいのだが。せっかくの主演男優賞の演技も、あちこち見逃してしまったような気がして欲求不満になりがちだ。



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