「ヒッチコック」40点(100点満点中)
Hitchcock 2013年4月5日(金)より TOHOシネマズ シャンテ 他全国ロードショー! 2012年 / アメリカ / 英語 / カラー / シネマスコープ / 99分 配給:20世紀フォックス映画
監督:サーシャ・ガヴァシ 脚本:ジョン・マクラフリン 原作:スティーブン・レベロ キャスト:アンソニー・ホプキンス ヘレン・ミレン スカーレット・ヨハンソン ジェシカ・ビール
偉業の陰に内助の功
サスペンスの神様ことアルフレッド・ヒッチコック──といっても、下手をすると今の30歳以下の人には何のことやら、と言ったところかもしれない。私たち映画にかかわる人間にとっては文字通り神様のような巨匠、ドラマチックな無冠の帝王だが、はたしてこの2013年にその伝記映画を公開して今の世の人々にどうアピールするつもりなのか。そんなことを考えながら私は試写室に向かった。
イギリス出身の映画監督アルフレッド(アンソニー・ホプキンス)は、ハリウッドでも成功をおさめ、注目の次回作「サイコ」に取り掛かろうとしている。ところが惚れぬいた原作の内容は、映画会社には「残酷すぎる」とダメ出しをされ、肝心の制作費のめどがつかない。おまけに彼の監督作品を陰で支えてきた妻のアルマ(ヘレン・ミレン)は、別の男との共同脚本の仕事に夢中になっている。高まる名声とは裏腹に、彼とその精神はいまや追いつめられているのだった。
今、ヒッチコックの伝記映画を見たい人というのはどんな人たちだろう。冒頭に書いた若い人たちは別として、アラフォー世代以上ならテレビのヒッチコック劇場などに親しんだ機会もあるだろうから「大衆に魅力的な謎とスリルを与え続けた職人監督」の裏話などを期待するだろうか。あるいはその、知られざる天才性とか、すさまじい演出の技とか、そんなものだろうか。
もしアナタがそうだとしたら、本作には肩透かしを食らうだろう。なぜならこの映画、タイトルは「ヒッチコック」だが、主人公はむしろアルフレッドではなくアルマ・レヴィルだからだ。
原作者も、ヒッチコック映画を支えた妻アルマの功績をフィーチャーしたいとの思いがあったそうで、この映画化もそこに焦点が当てられている。名作「サイコ」の、あの有名な場面もあの秀逸なアイデアも、実はアルマによるものでしたと、それが最大の見せ場となっている。
クレジットの有無にかかわらず、脚本や編集にまでその手腕を発揮した妻アルマ──そのトリビアの数々は、映画ファンには周知なことだが普通の人はまず知らない。そうしたライトなヒッチコック映画好きにしてみれば、これらのエピソードは、意外かもしれないがあまり楽しいものではないのではないか。
あなたが小さい頃から大好きだった映画監督は、実は酒好きパツキン好きの悩める太ったおっさんで、完全無欠のおっかない奥さんが実は傑作を作っていた。そんな話を楽しいと感じるならば、この映画もきっと受け入れられる。自分を日陰者と感じている主婦とか、あるいはいわゆるフェミ的な思想を持って男社会に不満をもっている女性とか、そういう人にはぴったりだ。いずれにせよ、奥さん側に感情移入して見るべき映画であるとアドバイスしておきたい。
一方、映画ファンにとっては再現された未公開の「サイコ」撮影セットをみて、有名な殺害場面の撮影風景について想像を膨らませたり、レーティングや製作費における対立で監督自ら相手方とやりあう様子を楽しんだり、相変わらず唯我独尊の役作りで、本人とは似ても似つかないけれどそれなりに魅せてしまうアンソニー・ホプキンスの演技に注目するといいだろう。個人的にはスカーレット・ヨハンソンの、ジャネット・リーを凌駕するシャワーシーンの色っぽさもまた、一言言及しておきたいところである。