『第9地区』65点(100点満点中)
District 9 2010年4月10日(土)、丸の内ピカデリー他 全国ロードショー! 2009年/アメリカ/カラー/111分/配給:ギャガ・コミュニケーションズ、ワーナー・ブラザース映画
製作:ピーター・ジャクソン 監督:ニール・ブロムカンプ 出演: シャールト・コプリー デヴィッド・ジェームズ ジェイソン・コープ

無法地帯、南アにエイリアンがやってきた

CS局での番組収録の合間、世界を駆け巡る女性ジャーナリスト(独身)に私は次のような質問をしてみた。「ここだけは行くのを躊躇するヤバい国ってどこ?」

私はてっきりソマリアとかアフガンとか言うのだろうと予想していたが、彼女は「ヨハネスブルグ」と即答した。あの九龍城砦にガイドなし単身で突入した事もある、命知らずの特攻野郎のごとき彼女でさえ、南アフリカ共和国の悪名高い大都市を恐れていたのだ。

南アの治安の悪さについては、どう見てもワルノリネタとしか思えぬコピペ情報がインターネット上に溢れているが、色々聞いてみたところ、あながちそれらも嘘ばかりではなさそうだ。映画『第9地区』は、そんな地上の無法地帯、南アを舞台にしたSF映画である。

ある年の日、ヨハネスブルグの上空に巨大な宇宙船が現れ、そのままホバリングをはじめた。どうやら船は故障しており動けないようだ。人類は異星人との初遭遇に戸惑いつつも、彼らを放置するわけにも行かず、やむなくヨハネスブルグに隔離地帯を設け、難民として住まわすことにした。

物語はそれから何年もたち、すっかり人類と異星人の共存生活が当たり前になったこの国で、いよいよ両者の軋轢がピークに達した時代がメインとなる。エイリアンの、新たな難民キャンプへの移住を実行しようとするエイリアン対策課の責任者(シャールト・コプリー)が主人公だ。

このいかにもノーテンキな小役人風の男は、エイリアンが暮らすバラックを一軒ずつまわり、形ばかりの承諾書にサインをさせていく。エイリアンたちは高度な科学力と強靭な肉体を持っているが、頼みの母船は故障中、当分地球に居候するほかないから案外おとなしい。それをいいことに彼をはじめとする人間たちは、エイリアンを差別・虐待しまくっている。商売はぼったくりだし、常に銃で脅しをかける。要するにSFの体裁をとってはいるが、差別問題を扱った寓話的社会派ドラマというわけだ。

南アが舞台だから、隔離政策アパルトヘイトを真っ先に想像するのは当然だが、本作が比ゆするものがそうした黒人差別なのか、もっと普遍的なものかは皆さんの解釈次第。注目すべきは主人公と特別深い交流をするエイリアンの「名前」と、彼が最後に主人公に約束する「数字」。なかなか思わせぶりである。

役者はみな無名、映像も生々しいだけに、エイリアンが登場するまでのドキドキ感は相当なもの。さらには、登場後のヨハネスブルグ住民たちの無法ぶりも突き抜けている。まさに冒頭に書いたネット上の治安ネタコピペそのものという感じで、ある意味笑いが止まらない。南ア以外が舞台だったら、リアリティなさすぎと一喝されかねないレベルである。

痛快なエイリアン戦争アクションを期待する人には向いてないが、シュールでシニカルな大人向きSFが好きなひとにはたまらない一本。通好みな作品と言えるだろう。



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