『恋の門』60点(100点満点中)

満遍なくディテールにこだわったマニアックな映画

「劇団大人計画」の松尾スズキ初監督作品。羽生生純の同名コミックを松田龍平主演で映画化した。

二十歳になってもいまだ貧乏童貞の蒼木門(松田龍平)は、石に漫画をかく自称“漫画芸術家”。ひょんな事から出会ったOLの恋乃(酒井若菜)といい感じになるが、彼女は実は超オタクでコスプレイヤーだった。門は同じ“マンガ”でも180度違う恋乃の世界に衝撃を受けながらも、なんとか歩み寄ろうとするが……。

主人公の門をはじめ、登場してくるのは誰も彼もナンセンスなキャラクター。前半はコメディタッチで、彼ら“変な”登場人物の様子を描く。映画というより演劇をみている気分で、大笑いしながら楽しむことができる。このへんの笑いのセンス、テンポのよさはさすが松尾スズキといったところか。

特に、ヒロイン恋乃の趣味である同人マンガやコスプレ、いわゆるオタクの世界をデフォルメして描くあたりは圧巻だ。本物のオタクの方が見たらどう思うかはわからないが、普通の感覚からみたオタク文化の特徴をよくつかんでいて笑わせる。

後半はラブストーリーが進展していくのだが、終盤に突然そこまでのテンポの良さが消えてしまい、グジグジしてしまうのがちょっと残念。原作も後半にはシリアスな展開が待っているそうなのでその辺をうまく映画化してるのかもしれないが、読んでいない私の目にはあまりスマートなまとめ方には思えなかった。

とはいえ基本的にこの映画は、ディテールを楽しむタイプの作品といえるだろう。たとえばセットは細かいところまでよく作りこまれていて、漫画バーにある大量の漫画は貴重なプレミア品を含めてすべて本物というこだわりようだ。

脇役や友情出演にはそうそうたる面々が並び、エンドロールやパンフレットのキャスト表を見ているだけでため息が出るほどだ。この点で特徴的なのが、ほんのちょい役で出ている人にも、ある種の見せ場を用意してあるというところ。たとえば台詞一つない小森未来(新体操ヌードル)はクルクルと意味もなく前転しているし、庵野秀明(『エヴァンゲリオン』監督)には奥さんの安野モヨコとツーショットの場面がある。サブカル文化に詳しい方が見れば、何回見ても飽きないくらいそういった小ネタが満載だ。逆にいえば、普通の人が見るとそんな羅列がうざったく感じるかもしれない。

庵野秀明といえば、劇中で流れるアニメーション『不可思議実験体ギバレンガー』の演出も担当していることが話題になっている。このアニメが流れる時間自体は非常に少ないが、いかにも彼らしい遊び心あふれたアニメーションは、劇中でも異様な存在感を示している。

この「不可思議実験体ギバレンガー」にハマったオタク少女を演じる酒井若菜、この人が実に上手い。ネットに暴言をかきこんで憂さを晴らし、気持ち悪い声優のオッサンに熱を上げる姿は無気味そのもの。彼女自身のキャラクターに合っているという事もあるのだろうが、なかなかの熱演だ。自慢の巨乳の谷間をおしげなく見せてくれるコスプレシーンは結構な見所。松田龍平との濡れ場では少々露出を出し惜しんでいるのが残念だが。

あまりにヒロインのオタクっぷりが行きすぎていて感情移入ができないため、肝心のラブストーリーにも引きまくってしまい、何がしかの感動というものはなかったが、なかなかインパクトのある面白い映画だった。

まとめとして、『恋の門』は決して万人向けではなく、サブカル系文化にどれだけ詳しいかを測るような作品だ。何も知らない人が気楽に映画館に入って楽しめるような映画とは思えないが、こうした題材、ちりばめられた小ネタが大好きな人にとってはたまらない一本だろう。あなたがターゲットとしてドンピシャだったら迷わず劇場に出向いて後悔することはないと私は思う。



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