AKB48を卒業する話題の岡田奈々(25)ではなく、昭和アイドルファンにとっては、黒髪に色白、美形の岡田奈々(63)だ。CMやドラマで大人気だった頃と絶頂期に起きたあの事件を振り返る。
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1959年、岡田は岐阜県で生まれた。当時からお嬢さまタイプの美貌は抜きんでていたそうで、芸能界入りはスカウトがきっかけだった。
当時の所属事務所社長の高杉敬二が岐阜のレコード店でセーラー服姿の奈々を見かけて声をかけたという。週刊誌で当時をこう振り返っている。
「とにかく目が印象的でした。声をかけると、その目をキラキラ輝かせて『やりたい』と」(「週刊文春」2009年8月13日・20日号)
その時、岡田は高校1年生。
「スター誕生!」「君こそスターだ!」などのアイドル歌手のコンテスト番組が全盛の70年代前半。岡田は「決定版 あなたをスターに!」で第2回チャンピオンになり、翌75年に「ひとりごと」でデビューした。
岡田というと、歌を思い浮かべる人は多くないだろう。声は澄んでいて純情派らしかったが、歌唱力は不足。ヒットした歌は、大人気ドラマ「俺たちの旅」で岡田を主人公にしたエピソードで、劇中歌に使われた「青春の坂道」くらい。
しかし、CM、ドラマでは強烈な光を放つ。ポッキーの初代CMガールやフルーチェ、エメロンシャンプー、フジカラーなど挙げればきりがない。美形度ではトップクラス、今でいえばモデルタレントのような存在でもあった。
女優としては前出「俺たちの旅」(75~76年)で田中健の妹で、主役の中村雅俊に恋こがれる女子高生の役を。また「ゆうひが丘の総理大臣」(78~79年)では同じく中村雅俊が下宿するアパートの大家(樹木希林)の娘役を演じた。岡田は高視聴率を記録したこれらの青春ドラマで脚光を浴びた。その後も主演作こそないものの、時代劇やサスペンスもこなす美人脇役の立場を確立した。
まだ18歳、指を大けが
「事件」は人気絶頂の77年7月に起きた。堀越高校を同年3月に卒業したばかりの18歳。深夜に自宅窓から侵入した暴漢に襲われる。住まいは8階だったにもかかわらず、侵入したのだ。
果物ナイフを突きつけられた岡田は刃の部分を素手で掴む。指の付け根に20針縫うほどの大ケガをした。
当時の報道によれば暴漢は朝まで居座り、血が付着したパジャマとシーツを岡田のバッグに詰め玄関から出ていった。そのことを09年に前出の事務所社長・高杉が週刊誌で振り返っている。
「部屋に入ったとき、おびただしい血の痕に立ちすくみました。よく指が取れなかったと思うほど、ひどいケガでした。ショックもすごくて、立ち直るまで4年もかかった」(前出の「週刊文春」)
記者会見が開かれたのは事件から3日後。集まった報道陣は100人以上。左手は白い包帯が巻かれ、右手は三角巾という姿。犯人が立ち去るまでの数時間に何があったのか。報道陣もその一点に注目した。
「本当に犯人はけしからんことをしなかったのですか」
岡田は「はい。絶対に何もされませんでした」と答えている。
だが、いまだに真相は闇の中だ。
この事件を機にアイドル人気が下火になったと見られがちだが、事件数日後には仕事を再開している。その後もドラマや映画、歌手活動も続けている。2000年前後からは母親役も目立つようになった。
還暦を過ぎたが、生涯を通していまだ独身。中高年にとっては永遠のアイドルであることに変わりはない
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