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精神医療の真実 2012-07-06 より
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誰かが他者を拘束すれば犯罪なのに、医師が命令すれば有難い治療
【中学2年生の6月、小児精神科病院を受診】
恐怖に震えてパニックを起こし、逃げ出した少女をとり押さえていきなり注射をし、そのまま保護室で全身拘束するという、それが医療と考えている精神医療。
【まるで軍隊みたいな学校】
先生が怖くて、生徒に手を挙げたり、体罰も。生徒に2時間も説教。
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<15才のカルテ> (ひろ)
毒舌セカンドオピニョン2 (精神医療の荒廃)
http://dokuzetu2.ken-shin.net/
http://dokuzetu2.ken-shin.net/l175415sainokarute.html
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【引用開始】
小学五年ごろ、学級崩壊が起きて、途中で教師も変わりました…
現在の教育システムに合わないエネルギッシュな児童が多かったです。
肯定的なやさしい賢い生徒も多かった。密室的な家庭で虐待をする親のような教師に
反逆する子どもが大勢いました。(ぶつ中学教師もいて;)
14歳で、私は初対面の医師から拘束にあいました。
もし初対面の私や誰かが他者を拘束すれば犯罪なのに、
医師が命令すれば有難い治療となってしまうことは異常で、
小学生や子どもばかりの閉鎖病棟では、旧孤児院、児童養護施設で起こるような身体虐待が、日々行われていました。多剤での鎮静化も、虐待の誤診も…
身体が縛られておらず、ほっと寛げることは、命にとってほんとうに重要です。。
http://ameblo.jp/momo-kako/entry-11295611617.html
http://ameblo.jp/momo-kako/entry-11295612514.html
(追記)
もちろん、ひろさんは統失などの精神病ではなく、
とっくに薬からは、卒業しています。
(以下、看護記録・写真 略)
【引用終了】
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2012-07-06 14:25:10
http://ameblo.jp/momo-kako/entry-11295611617.html
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【引用開始】
先日、ひろさんという女性に会って話をうかがってきた。
ひろさんは現在25歳。やさしい笑顔と、ゆっくりと言葉を選びながら話す、おっとりした感じがとても印象的な女性である。
不登校から精神科へ
今から11年前のこと。14歳のとき、ひろさんはある精神科病院に医療保護入院となった。
「ずっと学校が辛かった」と言うひろさん。
まず、小学校5年のとき、少し乱暴な男の子がいて、クラスは荒れた状態だった。家では、3世代同居のため、お母さんとおばあちゃんがときどき争うようなこともあった。
記憶にあるのは、この頃から。
そして、中学生。そこは「まるで軍隊みたいな学校」で、教師の多くはあれこれと指図をすることが多く、「勉強しろ、勉強しろ」、あるいは「これをしてはいけない」「あれもダメ」。
「先生が怖くて、生徒に手を挙げたり、体罰もありました。生徒に2時間も説教したり……とにかく学校が辛かった」
それでも中学1年のときは何とか学校に通っていた。しかし、中学2年になると、半分以上は欠席となった。そして、中学三年はほとんど行けない状態に。
不登校となったひろさんに学校の先生は「学校に来るように」と迫ったが、両親は、「行かなくてもいいよ」と言ってくれた。
「でも、私の方が、みんなが行っているのだから、行かなくちゃと思ってしまって。親に、学校が辛いとは言えたけど、学校に行きたくないとは言えなかったです。先生が、とにかく怖かった」
無理に登校しようとしたことで、ひろさんは少しずつ精神のバランスを崩していった。家での暴力――窓ガラスを割る。椅子を投げる。テレビを投げる。トイレットペーパーをクルクル回してほどいてしまう……。
そして、ついに中学2年生の6月、小児精神科病院を受診することになったのだ。
どのような経緯でそういうことになったのか尋ねると、「わからない」と言う。この頃の記憶がひろさんにはほとんどない。
その後、同病院に2ヶ月ほど入院となった。そのときの処方は、以下の通り。
アナフラニール(10ミリ) 3T
リスパダール(2ミリ) 6T
アキネトン(1ミリ) 3T
アーテン(2ミリ) 3T
ルボックス(25ミリ) 2T
抗精神病薬のリスパダールはマックス処方。プラスSSRIのルボックス。プラス三環系の抗うつ薬(アナフラニール)、副作用止め2種――14歳の少女への処方である。
退院後も家での暴力がおさまることはなく、さらに薬の副作用からかイライラがつのり、家の中の物を壊したり、投げたり……。便秘、振え、むずむず、目のまぶしさ、生理が止まる、乳汁が出る……なども出現した。
14歳の少女を全身拘束
結局、退院してから4ヵ月後、都内の別の病院に再び入院となった。このときが医療保護入院である。
その様子をひろさんがメールで送ってくれたので、引用する。
「14歳のとき、私が精神科に行くと、すでに親と医師によって入院が決まっていて、動揺しました。私は相談ができるところだと聞いていたので、「どうしても相談がしたい」と繰り返し、泣きそうになりましたが、それでも静かに穏やかに告げました。
けれど、親と医師の入院への意志が変わることはなく、「あなたの入院は決まっています。お父さんとお母さんは、あなたのために疲れています。休ませてあげるために入院しましょう」と医師は繰り返し言うのでした。
「ここで、ただ相談をさせてください。ここに来て、話すのでは、ダメなのでしょうか」
繰り返し尋ねたのですが、そのたびに「入院すれば相談ができるよ」と言ったり、「では、今から悩みを話してごらん」と言ったり。
まだ幼かった私には、初対面のこの場ですぐに深い悩みを話すのは難しかったです」
こうしたやり取りをしているうちに、医師の対応や病院の異様な雰囲気もあり、ひろさんはパニックを起こした。診察室から逃げ出そうとしたところ、押さえつけられ、注射を打たれた。そして、気が付いたら、保護室で全身拘束されていたのである。
そのときの「看護記録」を以下、部分的に引用する。
「16時 ストレッチャーにて○号に入室。バルーン(尿道カテーテル)留置。瞬間尿80ml。全身拘束施行。ソルデム3AG500ml+セレネース(5)1A 左前腕より施行。「痛いよー!! 起き上がれないよー!!」と大声、活発。体動。
年齢が14歳と若く、両親と離れる不安、知らない環境に対する戸惑いなど、情動不安定さ続く可能性あり。対応注意。
19時 「ほどいて下さい……」「トイレに行きたい!!」「寝返りが打ちたい!!」
興奮し、大声、奇声、活発。
23時 入眠する。
深夜1時 覚醒し、大声、奇声、活発。「これ、外してよー」など。
拘束の必要を説明するも、理解したかは不明。疎通は良い。
1時半、再入眠。
翌日6時 ときおり大声出すも、疎通良好。
「昨日のこと、覚えてないよ。どうしてこうなったの? 注射のせいだ」と繰り返す。
「これ(バルーン)痛いから、抜こうとしたの」
10時 「家に帰りたい」「体が痛い」など訴え、大声を出す。
10時半 「ご飯、食べさせて」と訴えあるが、食べ終わったら、もう一度手を止めさせてもらうと告げると、「じゃあ、食べない」と拒否。その後、オーバーテーブルを蹴り、食事をひっくり返す。
12時 片上腕フリーにて、昼食全量摂取。
再拘束、スムーズ。
その後、傾眠経過。
12時40分 母の面会あり。花瓶など持って来られる。
「体が痛い、どうして解いてくれないの。お母さ~ん」
痛みに対して過剰反応する。
17時 「助けて~、お母さ~ん。家に帰りたい!!」と大声で連呼し興奮状態。全身に力を入れて硬直させている」
…………………………
その後も、ひろさんは「助けてくださ~い」と叫んだり、「ここにいると不安になる、家に帰りたい」と泣きながら騒いだり――。
看護記録によると、3日後、「室内フリーとなるが、不安、帰宅要求強い」。
結局、拘束は丸3日続いたことになる。
14歳の少女が突然手足を縛られ、尿道カテーテルをつけられればパニック状態に陥るのは当然だろう。そのとき、何の抵抗も示さないほうがよっぽどどうかしていると思うのだが、精神科の場合、泣いたり叫んだりすることは「情動不安定」と「病的」なものとして受け止められるのが常である。
それにしても、「疎通良好」と書きながら、ではこの拘束はいったい何を目的とした拘束だったのだろう。
(つづく)
【引用終了】
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2012-07-06 14:27:08
精神医療の真実 聞かせてください、あなたの体験
http://ameblo.jp/momo-kako/entry-11295612514.html
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【引用開始】
(1からのつづき)
このときの体験は、14歳の少女の胸に深く突き刺さったまま、10年以上経過した今も、ひろさんの中に「虐待」の記憶として残っている。
ひろさんが言う。
「拘束されて、体中が痛くて、トイレに行きたかったのに、おむつでしなければなりませんでした。喉が渇いてお水がほしい、寝返りがうちたい、リラックスしてのびがしたいと強く深く思いました」
だから、今は、自分の体を安全に、大切にしてあげようと思っている。トイレに行きたくなったら、身体をトイレに行かせてあげて、伸びがしたくなったら伸びを、喉が渇いたら水を飲ませることを、させてあげようと思う。それが、拘束されているときにはできなかったことだから。どれだけ、そういう寛げる、基礎的な動きが重要なのかを、知ったから……。
自分の体を自由にトイレに行かせてあげたい……。
こうした言葉が出てくること自体、いかにあのときの経験が大きなダメージとなっているかの証だろう。
病名は一応、家族には統合失調症と告げられていたらしい。しかし――、
「妄想ととられたのも、今から思えば、子どもの空想、人形に名前をつけて、話しかけたり、そういうことだったんじゃないかな。木漏れ日の中に天使がいるよとか、何か言われたりすると、それが頭の中でワンワンするとか、そういうことがみんなへんなふうに受け取られたのかもしれないです」
その後もひろさんは入退院を数度繰り返した。病院は別のところで、そこでは同年齢の友だちができたり、薬の量も少しずつ減っていき、医療保護入院のときのようなひどいめに合うことはなかった。
そして、20歳になったとき、ひろさんは体調不良を感じてネットでいろいろ調べているうちに、「抗核抗体」というものを知り、病院を受診したところ、甲状腺機能低下症であることがわかった。
それをきっかけにそれまで飲んでいた向精神薬を自己判断で断薬した。そして、甲状腺の治療を受けて、現在では漢方のみの服用で、甲状腺のほうも落ち着いていると言う。
母との距離
「あのとき、私が暴れちゃったりしたから、お父さん、お母さんももう我慢できなくなったのかな。でも、もう少し、別の手段があったはずなのに……」
「医者は、お父さんやお母さんが疲れているから入院しましょうって言ったけど、疲れているなら、お父さんたちが入院すればよかったんじゃないかな」
ひろさんは今でもときどき、入院時のことがフラッシュバックして、とても辛い気持ちになる。薬の副作用で、頭や背中を虫が這いずりまわるような感覚も、以前より軽くなったが、いまだによみがえることがある。
当然のことだが、「入院させられた」との思いを消すことはできない。しかし、その一方で――、
「あの入院の経験はすごくつらかったけれど、お母さんもすごく後悔しているみたい」
入院をさせられたことで両親を責めたい気持ちにはなるが、「私が責めるよりも、母が自分を責めるほうが強い」と言う。
そのため、現在では、お母さんは家を出て、別の場所で暮らしている。もちろん、ときどき家に来て、料理を作ってくれたりするが、
「母がそうやって距離をおいてくれるのはありがたいです」
じつは、ひろさんは入院中に中学を卒業となっていたが、その間、お母さんがサポート校を見つけておいてくれたので、高校生になることができた。その学校は通信制で、レポートを提出すればいい。母親が自分のことを理解して、そのような学校を見つけてきてくれたそのことにも感謝している、とひろさんは言う。
豊かな感受性
こうした話をひろさんはゆっくり、ときに言葉に詰まりながら語ってくれた。それは決して私の質問に対して答えが見つからないというのではなく、むしろ、あふれるほどの感情の中、それを整理するのに時間がかかり、自分の感じていることと、実際口から出る言葉のあいだの隔たりに戸惑っているかのような印象だった。
感受性が豊かであることは、日本の教育においても「良いこと」とされているはずだ。しかし、思春期の少女にとって、豊かな感受性はときに、自らを突きさす武器になる。と同時に、「軍隊のような学校」では、豊かな感受性は無用のもの、かえって邪魔にさえなりかねない。
ひろさんが送ってくれたメールにはこんなふうに書いてあった。
「絶望的に激しくなった、心身を打たれたくないという怒りが、私を入院に導いてしまいました。私はまだ、こうやって怒りを安全に、言葉にすることができなかったのです。泣き叫んで、怒りと心身の痛みを表現するしかできませんでした。忍耐強くもありませんでした」
「私は、体も心もぶたれた子どもの顔を覚えています。助けられなかったことを絶望的に後悔しています。二度と、すべての人間が持つ生命の輝きを感じとれないまま、家で、学校で、精神病院で、大人たちによって虐待が行われることはあってはならない。けれど、私がいた学校は本当に残酷でした。そこで子どもたちは病まされて、精神病院へ送られていくんだと感じました」
「直感的に、子どもは大人よりもずっと多くの真実を知っていて、その真実を生きており、大人が偏ったことや誠実でないことをしていると、小さくて生き生きした子どもほど、生きた感性によってそれがわかってしまいます」
ひろさんのいた中学校では暴力を振う男子生徒も幾人かいた。ひろさんもときにターゲットにされることがあったが、彼女はその男の子を見て――
「決して楽しそうに殴っていたわけではなくて、苦しそうに殴っているのがわかった。何か心に抱えているんじゃないかって感じました」
「直感的に、子どもは大人よりもずっと多くの真実を知っている――」
私はこの言葉に虚を突かれたような思いにかられたた。
ひろさんのようなこうした感性を抱えながら、効率や成果や規律でがんじがらめの学校生活を送ることは、彼女の柔らかい心をどれほど痛めつけたことか。
「病院での拘束より、学校のほうが辛かった」
と言ったひろさんの言葉がそれを如実に表している。
画一的な学校生活のなかで、精神のバランスを崩した子どもは、結局、ひろさんが言うように、精神科へとつながれる。そしてその精神科病院もまた、学校同様、子どもの心身を虐待する場所であるのだ。
あのとき、両親とともに病院へ行き、「相談がしたかった」と言うひろさん。「それなら、今、話をしなさい」という対応では、子どもは決して心を開かない。
「あのときお医者さんに、暴れて辛いだろうけど、どんな気持ちなの? と聞いてほしかった。何が辛かったんだいって」
それを、恐怖に震えてパニックを起こし、逃げ出した少女をとり押さえていきなり注射をし、そのまま保護室で全身拘束するという、それが医療と考えている精神医療である限り、ひろさんのように感性豊かな子どもが、感性豊かな故に問題が生じやすい子どもたちが、救われることは絶対にない。救われるどころから、さらなる傷を心に負わせるだけのことである。
現在、ひろさんは好きな絵を描いたり、フラメンコを学んだり、自分なりの生き方を模索中だ。
PTSDについてもハーマンの『心的外傷と回復』を読んでみた。また、学校についてはオランダで盛んなイエナプラン教育についても調べたりした。
「そのままでみんながステキな存在」
ひろさんの印象的な言葉の一つだ。
http://www5.hp-ez.com/hp/datelier/page2
(ひろさんのブログ、d.アトリエ)
【引用終了】
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この人の母親側の話を聞きたいですね。 でなければ真相は分からないでしょう。
初めまして、精神医療問題に関心を持っていただきありがとうございます。
私は、医療保護法全面廃止と閉鎖病棟全面廃止を望んでいます。
私は、児童虐待問題と医療保護法には、密接な関係があると思います。
それは、警察の対応にも表れていると思います。
児童虐待で通報しても子供が、殺されてしまうケースも多々ありますが、子供が幼いころから虐待を受けていて大きくなってから親に逆らうと親が、通報した場合すぐきます。
犯罪をおかしても証拠の提出や動機の特定など人を拘束するには、たくさんのことを立証しなければなりません。
しかしこの子供の人権にかかわる問題は、明らかに違います。
新潟で、何年も監禁されている事件がありましたが、同じことだと思うのです。
食事のことはどうしよう、住むところは、愛情をもらえなかったらなど、小さいうちは、てきせつに対応できにくいです。
やっと大きくなって、反旗をひるがえしたとたんです。
私は、常に監視されている状態と同じだと思います。
もうそろそろ日本人も気付いてきました。精神科医は人を助けることができる存在ではないことに・・・。
2010年11月のことですが、国民的俳優の松平健さんの奥さんが自殺されたことが大きなニュースになりました。松平さんは、報道各社に対して、「パニック障害・不眠症・うつ状態を引き起こし、この3年はいろいろな病院に掛かりましたが、結局、心が通じ合う医師とはめぐり合うことが出来ませんでした」とコメントを発表しています。
富も名声もある上流階級の人が、3年かけても良い精神科医を見つけることができなかったということです。つまり、誰も見つけることができないということです。
また、その3日前には、兵庫県で中学3年生の男の子が、焼身自殺を遂げました。なぜ最も苦しいと言われる焼身自殺という手段を選んでしまったのでしょうか?彼は、パニック障害で通院中でした。兵庫では、一週間で中学生、高校生3人が自殺する
という異常事態です。
(さすが、イーライリリー本社のある兵庫県です)
混乱を自ら作り出しながら、自分がその問題を解決する専門家であると売り込むのが精神科医です。真犯人がわからず、不安になっている市民は、そうやって真犯人を自分の家に上がらせてしまうのです。
今までは誰も止められませんでした。誰もそのトリックに気付かず、悲劇の連鎖は続くばかりでした。
しかし、今年一年で、多くの人々が、精神医療こそが社会の混乱の元凶であると気付き、立ち上がりました。そして、それぞれの活動を通じて、精神医療の問題を広く世の中に知らしめています。
この戦いに勝つか負けるか・・・ これは人類が生存できるか滅亡するかということに直結する問題です。