特集 第7回:「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」に登場する個性的な登場人物達と主要な勢力

2022年8月16日 16:57 by katakori
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
sp
「Disco Elysium」

前回の第6回特集は、「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」の奇妙で独創的なシステム“思考キャビネット”のディテールをご紹介しました。

第7回となる今回の特集は、舞台となるマルティネーズ地区で暮らす主な登場人物に焦点を当て、関係する勢力や団体と絡めながら紹介したいと思います。

「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」には、100名近い(端役を含めれば200名近い)キャラクターが登場しますが、異様な密度で作り込まれている作品世界の歴史や政治、文化、地区、主人公のスキルや思考といった例にもれず、本作に登場するキャラクター達もまた、それぞれの背景や人物像、思想、信仰、目的、動機、さらには関係性に至る様々な要素が極めて緻密に構築されていて、ビデオゲームのNPCにしばしば見られるぞんざいな作りの人物は全く登場しません。

こうした本作の圧倒的にリアルな描写は、全ての人のみならず、登場しない人物の“不在”、死者、それら全てが紡ぎ出す愛や憎しみにまで及び、本作のドラマを他に類のない品質に高めています。

あまり深く掘り下げるとネタバレに抵触する可能性が高いため、今回の特集は冒頭すぐに立ちはだかる大きな対立構造を軸に、主人公の記憶喪失や序盤の事件捜査に関係する主な登場人物と勢力にスポットを当て、右も左もわからない世界に放り込まれる序盤の混沌とした状況を幾ばくか整理できればと思います。

「ディスコ エリジウム」の冒頭におけるマルティネーズ地区の状況

「Disco Elysium」

キャラクター紹介の前に、まずは舞台となるマルティネーズ地区の状況を簡単にご紹介しておきましょう。

刑事である主人公と相棒のキムは、レヴァショールと呼ばれる大都市の小さな地区“マルティネーズ”で起こった殺人事件を捜査するわけですが、ここに事態をややこしくする現地の事情やイデオロギー的な対立構造が彼らの眼前に大きく立ちはだかることになります。

“レヴァショール”は、42年前に起こった共産主義的な市民革命が失敗に終わったことで、複数の資本主義国家からなる“連合”に主権を奪われ、特別行政地域として連合の監視下に置かれていますが、政治的な法整備や民主化は進められず、新自由主義の名の下で数十年に渡って連合や大企業、外国資本による構造的な搾取だけが続いています。(むしろ、外国資本による搾取の効率的な最大化と維持を目的に放置されているのが実情でしょう)

ゲームの舞台となる“マルティネーズ”の経済と暮らしは、物流系の巨大企業“ワイルド・パインズ”が所有する工業港によって支えられていますが、現地では前述した背景により港湾労働者組合が実質的な自治を行っており、気性の荒い組合員からなる自前の自警団が便宜的に地元警察の役割を担っています。(※ この自警団は、主人公とキムが所属する警察組織ではありません)

“マルティネーズ”の港湾労働者達は、予てから劣悪な労働環境の改善を求めるストライキを行っており、ゲームの開始時には組合全体で行う最大規模のストライキが2ヶ月以上に渡って続いていて、狡猾な妨害工作まで行っているワイルド・パインズ社との交渉は暗礁に乗り上げています。

こんな状況下で主人公とキムが捜査を担当する殺人事件は、必然的に組合と企業の思惑が絡み合う一触即発のパワーゲームと切っても切れない関係にあり、ただでさえ大変なわけですが、なんと我らが主人公はご存じの通り、酷い飲み過ぎで一切の記憶がない!ときています。

これに加えて、さらにやっかいなのがマルティネーズ地区における主人公とキムの“刑事”という立ち位置です。

普通のドラマや映画ならば、警察だ!の一言でスムースにことが進むはずですが、主人公とキムの2人は、前述した“連合”がレヴァショールの治安維持を目的に設立した平和部隊“レヴァショール市民軍”(通称RCM)の犯罪捜査部門に所属する捜査官であり、法的な根拠が曖昧な状況での活動を余儀なくされるほか、マルティネーズでは組合が事実上の法であることから、そもそもRCMを警察として受け入れようとしない手合いや自警団との対峙が避けられない事態に直面することになります。

つまり、市民に協力をお願いしつつ、あちこちの事情にも配慮しながら捜査を進める必要があるわけですが、はたしてこんな難題を、自分の名前さえ思い出せない記憶喪失の酔っ払いが解決できるのか、とてもじゃないけど上手くいく気がしません。

主人公の頼れる相棒“キム・キツラギ”

「Disco Elysium」

「どういうふうに“考える”か?そうだな、僕はいつも手帳に書き込んで整理してる…」

全てを忘れてしまい、自分が刑事であることさえ思い出せない主人公を決して見捨てず、いつも影で支えてくれる、本当に頼りになる相棒、それがキム・キツラギ警部補です。

第1回の特集において、もうキムに結婚を申し込むほかないと語っていたレビュアーがいたことでも分かる通り、彼は数多くの魅力的なキャラクターが登場する「ディスコ エリジウム」の中でも、屈指の人気を誇るキャラクターで、彼との時間を過ごすために本作を周回するファンも決して少なくありません。いい男!かっこいい!

前述の通り、主人公とキムはRCMの刑事ですが、もともとのコンビというわけではなく、キムは57分署から、主人公は41分署からマルティネーズ地区に派遣されており、なぜ2人の刑事が所轄の異なる部署から派遣されたのか、そのあたりも本作の見所になります。

スキルの特集回でもご紹介した通り、キムを単なる語り手にしなかったのがZA/UMの素晴らしいところで、自分自身の考えと強い意思、信念、規律、ユーモア、正義を持つ確固たる人物像を構築することにより、彼が本当の相棒だと感じられる体験は、ZA/UMが本作のライティングで成し遂げた大きな功績の一つだと言えるでしょう。

キムの人物像や出自、かわいさ、密かなこだわり、趣味嗜好、これまでのキャリア、そして主人公との関係性については、是非本編をプレイして楽しんでください。

ちなみに、キツラギの姓と派手な色のボマージャケットがどこか新世紀エヴァンゲリオンのミサトさんを思い起こさせるのは、単なる偶然の一致ではありません。

隣の綺麗なおねえさん“クラーシェ(ミス・オランイェ・ディスコダンサー)”

「Disco Elysium」

「念のために言っておくわ。“わたしはやってない”」

酷い二日酔いでどろどろになった白紙の主人公が出会う初めての人間が、ホステルの隣人である綺麗なおねえさん“クラーシェ(ミス・オランイェ・ディスコダンサー)”です。

タバコ片手に少しけだるそうな声が印象的な女性ですが、その美しさと誘惑的な面白選択肢から、多くのプレイヤーがついつい彼女に失礼な態度を取ってしまい、申し訳なく思うはめになるでしょう。

ただ、タバコを吸いに来ただけだったのか、彼女はすぐに自室へと戻ってしまいます。今後非礼を詫びる機会はあるでしょうか。

彼女との出会いは、哲学的に見れば、完全なタブラ・ラサにもたらされる最初の外的観念であり、グリフィスとゴダールの言葉を借りれば、映画は女と銃があれば……あ、銃がない!という愉快なツイストで、総合芸術の頂点に近い場所にある本作の導入として、つくづく“良くできすぎている”と関心する次第です。

いつも親切にしてくれる未知動物学者の妻“レナ”

「Disco Elysium」

「あなたはハンサムな人よ、刑事さん」

レナは、主人公が目覚めたホステルの1階で出会う心優しい女性で、ぼろぼろの主人公をハンサムさんと呼び、右も左も分からない状況に手をさしのべてくれます。

彼女は、何もかも忘れてしまった主人公に世界の状況を簡単に教えてくれるだけでなく、世界をもっと詳しく知るための道筋を示してくれ、おまけに文無しの状況まで心配してくれる本当に親切な人物です。

また、彼女は未確認生物を専門に研究する未知動物学の著名な学者モレルの妻であり、数日前にマルティネーズ地区の郊外にある葦原に出かけていったまま連絡が付かない夫の心配をしているので、是非手を貸してあげましょう。

レナ自身も未知動物学についてかなりの知識を持つ人物で、彼女が教えてくれる様々な未確認生物の話題や逸話は必聴です。

スピード中毒のカオスな少年“クーノ”

「Disco Elysium」

「バーン!おまえはクーノ王にヤられた」

主人公とキムが捜査する殺人事件の被害者である吊された死体に、何日もひたすら石を投げつけているヤバい少年。

自分のことを三人称の“クーノ”で呼ぶ独特のしゃべりで、ファ○クやらケツ○り、ち○ぽを連発する口の悪さもさることながら、好みにうるさい重度のドラッグ中毒者であり、盗みから公共物の破壊まで、混沌の限りを尽くしています。

また、彼は自分だけの世界観を持っており、家族と呼ぶ恐ろしく凶暴な少女“クーノース”と行動を共にしています。

“クーノ”とコミュニケーションを図ること自体が困難ですが、地区の様々な出来事を目撃している彼はある種の事情通でもあり、上手くつきあうことが出来れば、多くの有用な情報を与えてくれるでしょう。

彼がなぜ三人称で自分の名を呼ぶのか、親はいないのか、クーノースとの関係を含め、謎の多い彼もまたZA/UMの素晴らしいライティングが生み出した本作を象徴するキャラクターの1人だと言えます。

港湾労働者組合の自警団グループを率いる“タイタス・ハーディ”

「Disco Elysium」

「これで答えが出たじゃねえか、ミスター“法”よ」

冒頭のマルティネーズ地区に関する現状において、港湾労働者組合が地元の法となり、自警団が警察の役割まで担っているとご紹介しましたが、この非合法な自警団ハーディ・ボーイズを率いているのが“タイタス・ハーディ”です。

彼は、いかにも荒くれ者の港湾労働者といった見た目どおり、屈強な肉体を持つぶっきらぼうな頑固者で、普段はガラの悪い6人の手下達を従え、主人公が目覚めたホステルの一階にある組合員専用ブースでたむろしています。

地元の治安を守る彼らもまた、当然吊された男の殺人事件に関与しており、RCMに対して非協力的な彼らとどう渡り合うかが序盤の大きな鍵を握ることになるでしょう。

巨大企業ワイルド・パインズの交渉担当者“ジョイス・L・メシエ”

「Disco Elysium」

「彼らは負けてしまった。それは叶わぬ夢で終わってしまったの」

港湾労働者組合が始めたストライキに対して、港を所有する企業ワイルド・パインズが交渉役として派遣したのが“ジョイス・L・メシエ”です。

ジョイスは、2ヶ月以上に渡って続いているストライキを終わらせるために、マルティネーズ地区にやってきたわけですが、組合を率いるイヴラート・クレアは一切譲歩する気がなく、彼女が町に足を踏み入れることすら許さず、一切の連絡を絶っています。

マルティネーズ地区に上陸できない彼女は、桟橋に停泊した美しいボートで優雅に紅茶を飲みながら、機が熟すのを待っていますが、件の殺人は、彼女がマルティネーズ到着した数日後に発生したもので、この事件に対する組合の関与を疑っています。

彼女がマルティネーズ地区のストライキをどう見ているか、殺人事件に対して組合がどう関与したと考えているのか、ハーディ・ボーイズとの対峙を含め、事件の捜査にあたって彼女の協力を仰ぐことは決して避けられません。

また、ジョイスは作品世界の資本主義を象徴する急進的なリベラリストであり(※ 共産主義の対立軸は民主主義ではなく、資本主義です)、単に裕福なだけではなく、マルティネーズ地区では望むべくもない優れた教育を受けています。

とにかく暇を持て余している彼女は、おしゃべり好きでもあり、幅広い知識に基づくエリジウム世界の様々な情報を教えてくれます。

「ディスコ エリジウム」の重要なコンセプトの一つである“エリジウムを学ぶこと”において、ジョイスほど博識な人物は他にいないので、興味がある方は本作の現実世界について、ぜひ根掘り葉掘り質問攻めにしてあげましょう。

なお、彼女が所属するワイルド・パインズ社は、創立250年を超える世界最大の物流コングロマリットで、従業員数は実に7万2,000人。海運・空運事業を軸に、石油やガスの採掘、海洋プラットフォーム事業まで扱っています。

また、ストライキが行われているマルティネーズ地区の港は、世界の貨物の8%が行き交う重要な拠点の一つで、企業側はなんとしてもストを押さえ込みたいと考えています。

ワイルド・パインズ社は、このストライキに対して幾つかの妨害工作を密かに進めており、組合員ではない貧しい労働者達を他の地域から呼び寄せ、集団で仕事を要求させるスト破りを促しています。

余談ながら、こういったスト絡みの駆け引きは、本作に影響を与えた作品特集の後編でご紹介する小説“ジェルミナール”に強くインスパイアされたもので、フランスのプロレタリア革命における当時の世相を見事に反映させたZA/UMの素晴らしい手法が味わえる白眉の一つと言えるでしょう。

港湾労働者組合のボス“イヴラート・クレア”

「Disco Elysium」

「もちろんだとも!よき友たる君のためにできる、せめてものことだ」

“イヴラート・クレア”は、マルティネーズの港湾労働者組合を率いる責任者で、地元を束ねるボスとして、組合長をはるかに超える大きな権力を手にしています。

また、彼には同じ見た目そっくりの兄弟がいて、任期毎に組合長のポストを交代することで権力を維持しているとのこと。

冒頭でご紹介した通り、マルティネーズは特別行政地域として“連合”の暫定的な統治下にある一方、“連合”は統治そのものよりも搾取の維持を最優先していることから、港の労働組合が現地の実質的な自治を行っているような状況にあり、現在マルティネーズで行われている大規模なストライキは、もちろん組合の長であるイヴラート・クレアが主導しています。

マルティネーズ市民の熱烈な支持と強い憎しみの両方を獲得しているイヴラート・クレアは、地元を実質的に統治する政治的権力者であり、よそ者の主人公やキムがマルティネーズで活動する場合には、しばしば市民達や港湾労働者組合のメンバー達、そしてクレアと折り合いを付けることが余儀なくされます。

イヴラート・クレアは、極めて野心的なリーダーでありながら、たとえ主義主張が異なろうとも常に笑顔で主人公を迎え入れ、まるで身内のように会話を楽しもうとする非常に人当たりの良い人物ですが、政治的な駆け引きや手腕においては、清濁併せ呑むタイプであり、人たらしな笑顔の奥で常に実利を優先し、豪快な冗談で恐ろしいことを口にする、決してあなどれない人物でもあります。(※ ブレイキング・バッドのガスさんをもっと愉快にしたような人を想像してもらえば良いかもしれません)

彼は、会員数が2,300名を超える組合全体で進めている今回のストライキを階級間の対立による戦争だと捉えており、単なる労働環境の改善や労働者の権利拡大だけではなく、社会民主主義的な地方自治体の設立さえ視野に入れています。

(補足:こういった背景は現実世界の歴史を深く反映しているため、本作の政治的なコンテンツを楽しみにしている方向けに少々追記しておくと、「ディスコ エリジウム」の政治描写は、とかく現代日本でひとくくりに混同されがちな共産主義(作中ではマルクスの科学的社会主義に相当する“科学的共産主義”の表記も)と修正的社会主義、社会民主主義、個人のポピュリズムをはっきりと描き分けています。
特に本作の共産主義はスターリン主義台頭以前の純粋な原典に近いだけでなく、源流であるフランスの市民革命やパリ・コミューンの影響も色濃くあり、ソビエト連邦共産党や現在の中国共産党を思い浮かべてしまうと大きな齟齬が生じかねません。同様に、イヴラートが掲げる社会民主主義もまた、現代ヨーロッパにおける中道左派寄りの社会民主主義とは全く異なるもので、1度は失敗に終わったプロレタリア革命に現実的な修正を加える第2波、つまりフランス二月革命やロシア十月革命の“前夜”に近いものだと考えると分かりやすいかもしれません。
ただし、これはあくまで前提の設定に過ぎず、大きな権力を持つ人物が口にする理想が本当に労働者の解放を目指すものか、それとも建前に過ぎないスターリニズムの萌芽なのか、本人の饒舌な口ぶりだけでは分からないわけで、テキストの海をかき分けつつ他者との関係性や行動からその真意を探ることがゲーム的な面白さの一つでもあるわけです)

ワイルド・パインズ社は、僅か数ヶ月前に別のターミナルで起こった小規模なストライキに治安維持部隊を派遣し、武力で鎮圧した経緯があり、組合と企業側の関係は、まさに一触即発の余談を許さない状況に達しています。

イヴラートは2ヶ月半近くに渡って断行されている大規模なストライキをどうやって維持しているのか、ストライキ後のマルティネーズ地区をどう発展させるつもりなのか、疑問と疑念は尽きません。

ということで、今回の特集はここまで。次回は舞台となるマルティネーズ地区の名所と幾つかのトピックをまとめてご紹介します。

参考資料

Steam
フランス革命とマルクスの思想形成
ジェルミナール
マルクス・エンゲルス 共産党宣言
オクトーバー:物語ロシア革命

本日のニュース一覧

おこめの「The Elder Scrolls V: Skyrim」記!

skyrim記リターンズその136
「4コマ:攻撃しようにも」
skyrim記
“Skyrim”記バックナンバーはこちら

“Skyrim”記リターンズバックナンバー
Lineスタンプ
おこめがLINEスタンプを作りました!
かわいい子達がたくさんいるのでよかったらどうぞ。

アーカイブ

doope.jpについて

doope.jpは国内外の様々なゲームに関するニュースをご紹介するゲーム総合情報サイトです。
当サイトに関するご質問等はお問合わせフォームをご利用頂くか、またはメールで[doopeinfo@gmail.com]までお問い合わせ下さい。
sp



About the author

かたこりTwitter ):洋ゲー大好きなおっさん。最新FPSから古典RPGまでそつなくこなします。

おこめTwitter ):メシが三度のメシより大好きなゲームあんまり知らないおこめ。洋ゲー勉強中。

Tag

Copyright c image and method All Rights Reserved.